欺瞞を燕下する
目が覚めたときは、既に午後の授業もとっくに終わり、日が暮れている頃だった。保健室の戸締まりをしに来た先生に起こされ、一人で帰れるか、と聞かれ頷く。ふと時計を見れば5時半をちょっと過ぎた当たり。今行っても委員長はいるだろう。たくさん睡眠をとったお陰で体調も良くなっていて、すぐに帰るのは躊躇われた。今日は委員会が無いのだが、きっと手伝えることはあるだろうと、三年のいつもの教室へ行くことにした。
階段を上がり、3年生の教室へと向かった。初めのうちは緊張した上級生の教室も、今はすっかり慣れたもので少し軽い足取りで歩く。廊下から教室を見ればこの時間なのに人が居る。やっぱり先輩がいたのか、と此処から呼びかけようと思った瞬間、私は凍り付いたように立ち止まった。
其処には私の良く知る先輩と、誰かが抱き合っている姿があった。
出掛かった声を封じ込めるように口元を手で押さえ咄嗟に物陰に隠れる。そっと覗き見ると二人は抱き合ったまま動こうともしない。唯ならぬ雰囲気を感じ取るが目が離せない。見たくない、と思っているのに目が離せなかった。
よくよく見てみれば相手は先輩の幼馴染みである立花先輩だった。
何度か会って会話を交わしたことがある。綺麗な先輩だった。私に似ず黒く真っ直ぐなストレートヘアーと若干冷たい雰囲気を纏う切れ長の目が印象的で、何よりどの上級生よりも大人びて見えた。それでも、その時は負けるだとか勝つだとか考えたことはなかった。彼女は先輩であって張り合う対象にいなかったのだ。
それなのに、今、耐えようのない敗北感に苛まれている。
何故かわからない。あの人と私は学年も違う、そもそも競い合う相手ではないのに。それなのに。