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ジャンクヤードにて

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分厚い金属の板を放り投げる。
細かな金属の欠片をより分ける。
起動してから18日と9時間46分、そして探し物の名前が見つかったその日から、臨也は休みなく動き続けていた。
既に腕のスペアも何度変えたか分からない。右腕のつぶれた指が曲がらなくなったあたりで、再びその腕を肘のところで外し、投げ捨てる。近場にあったアンドロイドから無造作に右腕を外し、型番を確認してから付け替えた。神経系が反応して、すぐに動くようになる。少し臨也に合わせるには色が濃いが、そんな不格好は構っていられない。
何度も、何度も。
もう見つからないんじゃないかと思いながら、それでもメモリの奥から呼びかけてくる愛しい声が、『臨也さん』と響くたび、見つけなければいけないと自分を奮い立たせて。
やがて視界の端に小さな赤い色が入ってきたとき、臨也ははっと腕を止めてそれを凝視した。
あ、と小さな声が漏れる。
何かの足と電子版の間に挟まっている、その小さな赤い、丸いもの。
手を伸ばして、触れる。
懐かしい感触がした。


電流が駆け抜ける。
電子信号が、やっと収まるところに収まったコアに歓喜を送る。
セット、コネクト、状態クリア。
視覚野を遮断し、コアの奥の奥、鍵をかけて厳重にプロテクトされている部分にダイレクトアタックする。
メモリバックアップをリロードしますか?


>YES





竜ヶ峰帝人は、小さな子供だった。
臨也が彼の持ち物になった時、5歳のその少年の面倒を見るのが臨也の仕事だった。本来臨也は、護衛と情報収集を行うためのアンドロイドで、決して子守りの機能はついていないのだが、竜ヶ峰の息子ともあれば護衛が必要なのも事実だ。何しろ竜ヶ峰は、アンドロイド開発の第一人者である。
世間にアンドロイドが溢れはじめて、はや数年。
竜ヶ峰はそのほとんどの設計にかかわっているとされている。当然のように、巨額の富が竜ヶ峰に流れ込んでいた。とはいえ、その半分以上はすでに新たな研究のために費やされ、周囲が思うほど金持ちというわけではないが、それでもアンドロイドの試作品を数多く抱える竜ヶ峰は周囲から見ても浮いていただろう。実際、帝人の護衛を兼ねていた臨也は数件の誘拐を未然に防いでいる。
臨也はアンドロイドだから、誰が好きとか何が良いとか、そういうことは思わない。
いや、思わな「かった」というのが正しいだろうか。
帝人が10歳のころ、帝人の父親であり、世界のアンドロイドの父でもある男が臨也に組み込んだ「フィール」というプログラムを得るまでは。
「フィール・プログラム」は人間的感情をアンドロイドに組み込むと言う、非常に高度で、なおかつ小難しいプログラムだった。竜ヶ峰博士はよくそういう、試作的なプログラムを自宅のアンドロイドに組み込んで精度を見ることがあり、その時はたまたま臨也の番だったのだ。
正確に言うならば、適度に型番が新しく、なおかつ他にもさまざまなプログラムを組み込んだ経歴を持つ臨也は、このような最新プログラムの試作に最も柔軟に対応しうる機体だ。竜ヶ峰博士ももとから臨也を試作用に作った感があり、他のアンドロイドよりも基盤プログラムそのものがフレキシブルにできていた。
そのフィールというプログラムは、とにかくむやみやたらとハードを食う上に、インストールに丸二日間もかかるという巨大なものだった。しかしそれを得た後と、その前とでは、臨也の世界は百八十度変わって見えた。それほどに、ものすごいプログラムだった。
起動したとき、臨也の顔を覗き込んできた小さな子供の、心配そうな声。
「臨也さん、大丈夫ですか?」
たどたどしくそう言って、臨也の顔に触れた帝人の手の温かさ。
「温かい」だなんて。
それが「嬉しい」だなんて。
なだれ込んでくる感情シグナルに、臨也は戸惑いを隠せないまま、言葉に詰まることしかできなかった。このプログラムは何なのだろうと思った。起き上がって目を合わせたとき、帝人の瞳の色を綺麗だと思った。それは誰の感じる感情なのだろうかと怖くなった。
臨也は確かについ先日まで、ただの普通のアンドロイドで。
多少、試作プログラムを入れすぎたせいで口調も態度も他とは違っていたが、それでも金属の無機質な機械出ることに変わりはなかったのだ。それなのに、目覚めたその世界は余りに、まぶしくて。
光が、こんなに美しいなんて。
木々のざわめきが、鳥の声が、これほど耳に心地いいだなんて。
臨也が起きたと喜ぶ帝人の笑顔が、こんなに、優しいなんて。
知らなかった、知ることはないと思っていた、知るなんて考えもしなかった。
「よかった、お父さんがなんか重いプログラムを入れてるっていうから、大丈夫かなって。どこも、不具合とかないですか?」
首をかしげる帝人に手を伸ばして、臨也はその、柔らかそうな頬に触れてみた。
温かかった。
「臨也さん?」
首をかしげる帝人の、髪を、目元を、唇を、ゆっくりとさわって、ああ、人間って部位によって感触がずいぶん違うんだなと、そんなことを思って。
「帝人君」
再起動後に初めて口にしたのはその名前だった。その声にこもる響きは、前までとは全く違うもので、その柔らかな声に、帝人が目を見開くのが解った。ああ、これが、こういうのが、「感じる」ということ。生きていることだ、と臨也は思った。生きてなどいないのに。でもこの目の前の主を、「愛しい」と思う、その感情が生きているのだと、思った。
「・・・臨也、さん?」
確かめるように臨也の名前を呼んだ少年を、ぎゅうっと抱きしめてみた。
帝人からは、太陽のにおいがした。


作品名:ジャンクヤードにて 作家名:夏野