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【 「 MW 」 】

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 あの夜や地獄の半月を忘れそうなほど平穏だった。
 だが、その平穏さが、結城には苛立たしかった。
 神が許さないはずの者たちが同じ平穏を得ていることが、許し難かったからだ。
 結城はそんな者たちを生かしている神を恨んだ。
 ――神の行いは謎に満ちていると、神の使徒は言う。
 そんな謎など、認めたくなかった。くそくらえだ。
 その頃からだっただろう。結城はあまり、眠らなくなった。時折、ひどい頭痛が訪れるようになったせいもあるが、いつ来るとも知れない賀来を自室で待ちながら、あの夜に何が起きたのか、考えるようになった。
 もがき苦しみ、死んだ人々。
 家々を焼き払った炎。
 不気味な執拗さで追いかけてきた白い服の宇宙人――。
 村越神父に「君たちには高校を卒業したあと、好きな道を生きて欲しい。あの時のことは忘れて自由に生きなさい」と言われた夜、自分のベッドで眠る賀来の寝顔を見つめながら、結城はカトリックの棄教を決めた。
 賀来がこれほど祈っても――時には自分の分さえも祈りながらも、救われないのだ。祈りさえとうの昔に放棄した自分が救われるはずもなかった。神に期待することがあるのだとすれば、賀来を救うこと、その一点だけだった。
 学園長に学園を出たいと告げると、君は優秀だからと引き留められたが、結城の決意は固かった。それを知って、学園長はある奨学金に申し込んでくれた。結城は祈りの時間を勉強に充てて東大を受験した。
 当然、結城の棄教を知って賀来はひどく動揺した。あまり物事を強く言わない賀来がそれは間違いだと決めつけ、一緒に聖ペトロ大学へ行こうと言い募るのを、結城は半ば面白がりながら聞いた。
 賀来裕太郎。
 神に縋ってしか生きられない哀れな男。
 だが彼が縋っていたのは、神だけではなく自分もそうだったのだと知って、結城はなぜか愉快だった。あれだけ神に縋って祈りながらも、賀来は俺の助けを必要としている。それがとんでもない皮肉に思えた。
 やがて、賀来が報告したのか、東京に居た村越神父がわざわざ結城の説得に来た。神父の言葉の端々に、結城は不穏なものを感じ取ったが、それがなんであったのかわかったのは、数ヶ月後になる。
 結城が説得を聞き入れないと知って、賀来はしばらく結城の部屋に来なくなった。結城は眠らない夜をよく出歩いて過ごしたが、何度も、礼拝堂で祈りを捧げる賀来を見かけた。見る度に賀来は痩せていった。
 突然、沖之真船島について取材しているという記者が現れたのはその頃だった。記者は執拗にふたりを追いかけ回し、島のことを聞き出そうとした。結城は賀来にも付きまとう記者をあしらい、ある日、あとを着けた。
 記者が会っていたのは、案の定、村越神父だった。これまで守られてきた秘密が急に漏れるなどあまりにも不自然すぎた。隙を見つけて、結城は彼の車に細工した。翌日には事故死の一報が届いた。
 だが結城にとって、これが初めての殺人でさえ、なかった。
 学園では学べなかった多くのことを、結城は数年に渡る夜の散歩で学んでいた。罪を犯す暗い喜びも知った。始めは万引や窃盗だったそれが殺人に至るまで、さしたる時間は掛からなかった。
 結城が最初に殺したのは、鼻の曲がるような香水の匂いを振りまきながら、誘惑の言葉を吐きかけてきた若い女だった。十六だった。
 記者の死を知った村越神父は、結城のことを怖れながらも、神の道を説き続けた。結城は面倒になって彼も殺した。半月の地獄からすくい上げてくれた恩人。幼い頃から知っていた神父。
 それでも襲い来るはずの罪悪感は、なかった。
 卒業式の夜、しばらく顔を合わせていなかった賀来がやってきた時、結城は荷物をまとえ終え、それまでの日々をぼんやりと思い起こしていた。
 教室での下らない会話。
 賀来が眠るまでの、穏やかな一時。
 平穏すぎた日々――。
 結局、卒業の日まで捨てなかった聖書とロザリオをゴミ箱に投げ入れようとした時、ドアが叩かれた。
 賀来はずいぶんと思い詰めた顔をしていた。別れを言いに来たのではなく、説得に来たのだと知って、結城は本気で呆れた。もう引き返すつもりはない。祈り続けた賀来さえも救わない神に望みなど持てなかった。
 だが聞き流しているうちに、必死になって聖ペトロ大学へ行こうと言い続ける賀来がだんだんと、哀れになってきた。神を信じてもお前は救われない。そう言っても、賀来はまったく引き下がらなかった。それどころか、お前も神を信じているはずだと言う彼が苛立たしくなり、結城は声を荒げた。
「神は俺たちに地獄を見せた、そんな神なんて信じられるか! しかも神は俺たちから家族を奪ったんだぞ? お前だってまだ悪夢を見ているんだろう!」
「結城、神は乗り越えられない試練を科さない。いつか必ず克服できるはずだ」
 その言葉には笑いしか返せず、結城は鼻でせせら笑った。
「そういうお前が乗り越えられていないじゃないか。俺は神になど縋らなくても生きていける。まず自分であの悪夢を乗り越えてから言え、賀来!」
「だが神は村越神父を俺たちのもとへ遣わしてくれた。彼が居なかったら俺たちだって生きていられなかったじゃないか」
「単なる偶然だ。神の御技じゃない」
「偶然にも神の働きはある。あの時、俺たちが生き残ったことにも理由はあるんだ」
 あぁ、あるとも! 結城は心の中で叫んだ。
 なぜ結城が学園を出て行くのか。その理由はひとつしかなかった。――復讐、だ。あの夜を作り出した許されざる者から平穏を奪うのだ。それを思いつけない賀来に苛立ちながら、結城は同時に神をあざ笑った。
 天に住まう神はこの世を地獄に変えようとしている。賀来さえ気付かないのならば、この世の誰も気がつかないだろう。
「なぜ俺たちが生き残ったのかだって? 決まってるだろ、あの地獄を見るためだ。あの地獄を見て俺にこの世を変えろと命じたんだ」
 早口でまくし立てると、賀来は呆然とした。
 数年に及ぶ凶行、記者と恩人の神父の死――不自然な死。
 彼は本当に何も気がついていないようだった。
「この世を変える? 一体、何を言ってるんだ?」
「お前にはわからないさ。賀来、お前には一生わからない。神に縋って自分に起きたことを嘆いているだけのお前には一生わからないことだ」
 そうさ、賀来、お前には一生わからないだろう。結城は腹の底で嘲笑しながら決めつける。自分を救うことに忙しくて周りすら見えない哀れな男。結局俺の闇にすら、お前は気がつかなかった――。
 賀来は泣きそうな顔になった。
「結城、わかるように説明してくれ。神はお前も見ているというのに」
「神になど救ってもらわなくとも、俺は自分を救えるさ。お前こそ神を捨ててみろ、もっと自由になれるぞ」
 人を殺せるくらいにな、と心の中で付け加える。
 賀来は目を潤ませながらかぶりを振った。
「俺は神と共に生きる。神とともにしか生きられない……」
 そう言い切った賀来がいきなり縋りついてきて、結城は顔を歪め、彼を見下ろした。震える手が腕を掴む。結城は自分に必死に縋る賀来を見つめながら、彼に抱いていた苛立ちが頂点に達するのを、感じた。
作品名:【 「 MW 」 】 作家名:池浦.a.w