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【 「 MW 」 】

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「実は、今日、……粕谷先生に会ったんだ」
「!」
 全身が一気に強張って、結城はソファの上で跳ね起きた。
 賀来は蒼白な顔で続ける。
「か、粕谷先生は、お前の身体が、もう――」
「どこまで聞いた!?」
 結城は反射的に神父服の胸ぐらを掴んで引き寄せた。人形のように賀来は抗わず、結城を見つめたまま一度、大きく喉を鳴らした。
「すべて、……聞いた。お前がニューヨークでも倒れたこと、発作がひどくなってること、お前が何度言っても、家族も誰も連れて来ないから、とても心配だって――」
「くそっ!」
 苛立ちのあまり、結城は賀来をソファに叩きつけた。やはりあの医者は早く始末しておくべきだった。あのニューヨークの医者のように。余計な詮索を受けたら、沖之真船島の出身だと知られたら、これまでのすべてが気泡に期す。
 いや、そもそも、教会で発作が起きた時、他の医者に知られることを怖れて賀来に「この名刺の医者を呼び出せ」と言ったのが間違いだった。結城はおのれの迂闊さを呪いながら壁の一点を睨みつける。
 ――誰にも言えない事情があるのはわかります。わたしが力になります。だからどこで神経ガスを吸ったのか、教えて欲しい……。
 骨の髄までお人好しの愚かな医者だった。ニューヨークの医者も似たようなことを言った。日本へ戻ってくる前に始末し、カルテを奪ってきたが、粕谷という医者もさっさとそうすべきだったのだ。
 誰も俺を治せない。
 それは自分で調べわかっていることだった。
「……結城、俺のせいなのか?」
 不意に右腕を掴まれて、結城は我に返った。床に座り込んだ賀来が震える手で縋っている。何かに憑かれたような顔で一気にまくし立てた。
「結城、あの時お前は俺にTシャツを貸してくれただろう? だが俺は寒くて、お前に何もしてやれなかった。風を吸うなって、風を吸うなってお前は言って俺にシャツを貸してくれたのに、俺は――」
「黙れ」
「だからお前だけが苦しんでるんだな。俺があの時、お前にも貸してやっていればこんなことにならなかったのに。お前にTシャツを貸していれば、お前はそんな風に――」
「黙れと言ってるだろう!」
 縋りつかれる手を振り払った。賀来は呆然とした顔でどこかを見つめながら、その場に座り込む。結城は強く握られた手首をさすった。バカ力め。
「賀来」
 自分でも気付かなかったがかなり動揺していた。結城はしばらく立ち尽くして気分が落ち着いてから、低い声で名を呼んだ。弾かれたように振り返った賀来の頬が濡れている。顔をしかめると、賀来は急いで顔を拭った。
「悪い。俺が泣いても、お前の身体は……」
「まだ悪夢は見るのか?」
 謝罪を聞きたくなかった。素っ気ない問い掛けで遮ると、はっとしたように顔を上げて、賀来はすぐにうつむく。結城は心の中で神に呪いの言葉を吐きかけて、実際に吐き捨てた。
「まだお前を救いもしない神を信じているのか? お前がどんなに祈っても神はお前を救わない」
「――――」
「聞いてるのか、賀来」
 答えを拒否するように、賀来がかぶりを振った。
「おい」
 結城は手を伸ばして賀来を無理やり立ち上がらせた。掴んだ腕の細さに、驚いた。かなり痩せている。神父はバカらしいことに無給だった――教区からは一銭も出ない。信徒からの寄付だけで生きる身。まともなものを食べているのか、怪しかった。
「座れ」
 ソファに向かって賀来の身体を突き飛ばし、結城はローテーブルの上からグラスを取り上げた。一気に飲み干してからキッチンに向かう。腹の底で生まれた熱は一瞬で、掻き消えた。
「何か食うか。付き合えよ」
 声を掛けても聞こえていないのか、賀来はソファに座り込んだままだった。
 結城はかすかな苛立ちを押し殺しながら冷蔵庫から総菜のパックを取り出した。人が住めるようにすべてを揃えてはあるが、ここで何かを食べようと思ったのは今日が初めてだった。
 フォークや皿などを用意して、ローテーブルに運ぶ。
 わざと乱暴に置いた。
「あの夜、島で何が行われたのか、この前に教えたな」
 睨みつけてやって、ようやく、賀来があごを引く。
 結城はソファに腰を降ろした。
「俺はあいつらを許さない。この国を許さない。お前もそうだろ、賀来」
「……結城」
「俺たちの家族だけじゃない、あの島の人間は俺たちを残して全員、殺された。俺たちだって殺されるところだった。何がイルカの研究だ、笑わせるぜ」
 それを知った時は笑い転げたものだった。イルカの研究。だが実際、その裏で行われていたのは神経ガスの研究だった。
「あの夜、みんな殺されたが、俺たちは生きている。生き残った俺たちがやることはひとつしかない。……悪夢をまだ見るんだろ?」
 遠くを見つめたまま、賀来はあごを引いて、唇を震わせた。
 膝の上で両手を握り締めている。
 それを眺めて、結城はいっそう声を低めた。
「復讐だ。あいつらに思い知らせてやろう。お前も乗るだろ、賀来」
「……結城」
 囁いた賀来がいきなり膝に顔を埋めてきて、結城は唖然とした。
 肩を掴めば大仰なほど震えている。
「どうした」
「すまない、結城。俺のせいだ。俺のせいで、お前は……」
「!っ」
 瞬間、頭にかっと血が上った。俺はお前のその言葉を聞きたくないんだ。そんな怒声が喉を突き破りかけて、結城は震える指で賀来の髪を掴み、思いっきり強く引っ張った。神父らしくない長い髪が指に絡みつく。
 何も言うなと言うつもりだった。
 だが、口から出たのは、違う言葉だった。
「俺に謝って楽になったか、賀来」
 上向かせた顔が、凍り付く。
 大きく見開かれた目。
 そこに映り込む自分は、恐ろしく冷ややかな顔をしていた。
「謝って、楽になったのかと聞いたんだ、賀来」
 見つめる賀来の顔が徐々に歪んでいった。顔がくしゃくしゃに崩れて、眦から涙が落ちる。それは次から次へと溢れて止まらなかった。不意に、これとよく似た顔を見た晩を、結城は思い出した。卒業式の夜だ。記憶は曖昧だったが忘れるはずもない。
 結城はこぼれ落ちる涙を指先ですくい、それを見せつけるように舐め取ってから、泣き続ける賀来に貪るように口付けた。

          3

 賀来は神に仕えるために生まれてきたようだ、と言ったのは、聖ペトロ学園の学園長だった。
 結城はそれを聞いて笑い出しそうになった。
 なんて戯言だろう!
 賀来は決して神を愛していない。神に縋っているだけだった。家族、学校の友達、近所の人々、同じ島の人間をすべて殺されてしまった上に、その事実を隠蔽するという人間の行為や悪意を認めきれず、神の存在で誤魔化しているだけだった。
 しかし、学園長にそう言われるほど熱心に神に祈り続けても、賀来はあの悪夢から逃げられずにいた。高校生になってさえ、礼拝堂で祈りを捧げても眠れない夜は、必ず、結城の部屋にやってきた。いつも泣きそうな顔で眠れないんだと訴えた。
 結城はそんな賀来を自分のベッドに寝かせてやり、彼の手を握って、とりとめのないことを喋った。時には聖書をそらんじたり、黙ったまま髪を梳いたりして、夜が明けるのを待った。賀来が眠りにつくのはいつも明け方だった。
 聖ペトロ学園の日々は平穏だった。
作品名:【 「 MW 」 】 作家名:池浦.a.w