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【 「 MW 」 】

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「これでもまだお前は神に祈れるのか? 神を裏切っているのに?」
「……止めてくれ」
「教えろよ、賀来。俺が聞いてるんだぜ?」
 目をぎゅっと閉じて、賀来はきつく唇を噛んだ。
 眉間に深くしわを刻みながら息を止める。
 やがて、ひっそりと漏らした。
「俺は、神を、……捨てない」
「背信者」
 一言で切り捨ててやると、賀来はいきなり結城を突き飛ばして逃げようとした。それを体格差であっさりと押さえ込んで、結城は賀来をソファに沈めた。腕を使って襟元を押さえつけながら顔を近付ける。
「笑わせてくれるぜ、神父さん。裏切っても神を捨てない、ね……。お前はもう見捨てられているかも知れないぜ? あの夜に」
「ゆ、ぅ――」
 腕に力を込める。
 喉を押し潰され、賀来の顔が大きく歪んだ。息をしようと足掻きながら結城の下で身体を強張らせる。喘息のようなヒュゥという音にゆっくりと微笑んで、結城はさらに力を加えた。
「何もかもすべて、神の思し召し、か。……殺されても同じことを言えるのか?」
「ゅ、……っ」
 とうとう堪えきれなくなったのか、賀来の手が結城の肩を掴んだ。だが首を絞める結城を押しのけようとはしない。それをちらっと見て、結城は額に額を押しあてるようにして、のし掛かった。
 昨日は窒息寸前で手を離した。
 だが離さなければ?
 今まで手掛けた人間のように、賀来は死ぬ。
 俺の手で。
 神は救わない。
「……賀来」
 結城は吐息のような声で囁きながら、冷たい指先で賀来の目もとにうっすらと残っている傷を撫でた。まるでそれに促されたように、ゆっくりと、賀来が視線を滑らせた。真上にいる結城を真っ直ぐに見つめてくる。
 迷いのない眼差しに、結城は驚き、目を見張った。
 神への誓いを破った神父。
 悪夢から逃れられない男。
 そのいずれでもなく、賀来裕太郎、彼そのままの目だった。
 色がなく、憎しみもない。
 そこには結城がただひとり、映り込んでいる。
「――――」
 気がついた時には、首を絞める腕から力が抜けていた。
 賀来が激しく咳き込む。
 それを許さず、結城は賀来のあごを掴んで吸気を欲する唇を塞いだ。
 苦しみに喘いだ賀来が暴れたが、唇をずらして呼吸できるようにしてやると、強張った眦がゆっくりとゆるんだ。
「……賀来」
 また名前を呼びながら、何度もキスを繰り返す。
 賀来はしばらく呆然としていた。
 その顔が泣きそうに歪んで、何かを囁く。
 結城は顔を離した。
「なんだ?」
「お前、は……?」
 結城は鮮やかに眉を上げた。
「なんだ、賀来」
「神を捨てて、お前は救われた、のか……?」
「――――」
「ふ、復讐がお前を救うのか……?」
 結城はしばらく、間近から賀来を見つめた。
 もしも、とあり得ない未来を語りながら、寂しげな目をしていた男。神への裏切りを強いられて捨てないと言い切った男。残されたのはお前だけだ、と言った男。
 かすかに腫れている目もとからあごへと指を滑らせる。なめらかな肌の感触を味わいながら、結城は笑った。
「あぁ、その通りだ。復讐が俺を救う。お前も」
「……結城」
「もう黙れ。うるさい」
 不意に何もかも面倒くさくなった。結城は何かを言おうとした賀来の口を手で塞ぎ、襟に手を掛けた。賀来は瞬間だけ抗うように結城の手を掴んだが、振り払うと、それはあっさり外れた。
「賀来」
 囁きを首筋に埋める。
「神なんか忘れろ。……俺がいる」
 振り払われた手を拳に変えて、賀来が目を閉じて小さな吐息を漏らす。
 結城は彼の髪に指を絡めて優しく梳いた。



作品名:【 「 MW 」 】 作家名:池浦.a.w