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【 「 MW 」 】

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 学園に居た頃、同期に「社会勉強だ」と飲まされてひどい目にあって以来、賀来は酒を口にしたことがない。いらないと首を振って手を押しやると、結城はグラスの中身を一気に煽って、賀来のあごを掴んだ。
 口移しで一くち。
 苦さと、のどを滑り落ちていく熱、唇に押しつけられたあたたかなものに、突然すぎて賀来は抵抗も出来なかった。すべて飲み干してしまってから呆然と結城を見上げる。どうだ、という風に見下ろす彼を見ているうちに、視界が歪んだ。
 慣れないアルコール飲料を身体が受け付けない。
 しばらくは起きていたのかも知れないが、やがて寝てしまったらしかった。
「本当に清く正しい神父さまだな」
 結城はうつむいて顔を赤らめた賀来に皮肉っぽく声を掛けて、寝室から出て行った。賀来は目を閉じて心を落ち着ける。出来れば神に祈りたいところだったが、結城の前では憚られた。
 一寝入りして酒はすっかり抜けている。気がした。
 賀来は長いため息を漏らし、コップの水をすべて飲み干すと、ベッドから滑りおりた。
「帰るよ。面倒を掛けてすまなかった」
「美香ちゃんには連絡を入れといたぞ。賀来は疲れて寝てしまったから俺の家に泊まる、って」
 思いも寄らなかった返事に、賀来はリビングの入り口に立ち尽くした。
 結城は窓際に立って星をぶちまけたような夜景を見下ろしている。
「なんでそんなことを」
「いきなり寝ちまったんだ。いつ起きるかもわからなかったからな」
 そう言われてしまうと、反論も出来なかった。
 無理やり飲ませたのは結城だが、たかが酒の一口で寝てしまったのは日頃の疲れがあったせいだろう。迷惑のことを考えれば叩き起こされなかっただけでも感謝すべきだった。
 だがそうだとしても、教会を一晩も空けるなんて賀来には考えられなかった。顔に掛かる髪を掻き上げてリビングの中を見回す。
「いや、やっぱり帰るよ。俺の服はどこだ?」
「俺に面倒を掛けるな、賀来。明日の朝、送っていく」
 うんざりしたような声で結城が言う。
 賀来は迷った。
「だが、明日のこともあるし……」
「美香ちゃんが言ってたぞ。神父さまはいつも遅くまで起きていて大変なんです。たまには息抜きをしないと、ってな」
「――――」
「彼女、しばらく会ってないが大人になっただろうな。いい子じゃないか」
 なぜかその言葉には背筋が粟立つような響きが含まれていた。賀来は立ったままたじろぐ。それを見透かしたように、結城が振り返った。
「それに俺の用もまだ済んでない。お前にやってもらわなきゃならないことがあるんだ」
「……俺に?」
「あぁ、清く正しい神父さまじゃないと出来ないことじゃないが、その時の俺には、出来ないことだ」
 ひどく嫌な予感がした。先ほど、計画もほぼ固まった、と結城は言った。今まで、さんざん悪事の懺悔を――楽しげに語られたあれが懺悔ならば――聞かされてきたが、それはすべてこの「計画」のためだったはずだ。
 とうとう、一番怖れていた時が来たのだと、賀来は悟る。
 最初の殺人の懺悔を聞いて以来、ずっと怖れていた時がとうとう来たのだ。
 息を詰めた賀来を見て結城がにやっと笑う。
「お前は断れないぞ、賀来」

      4

 電話を一本、海外ではあるが掛けるだけでいいと、結城は言った。
 賀来は気分が悪かった。無理に食べたせいかも知れないし、彼の計画に加担しろと迫られたせいかも知れない。
 またソファに座って結城の顔を見つめながら、賀来は大きく、かぶりを振った。
「ちゃんと詳しいことを聞かせてくれ。でなければ手伝わない」
「今までは何も知りたくないと言ってたくせに」
 向けられる冷ややかな眼差しに耐えて、賀来は主張を繰り返した。
「詳細はいいから、せめて大筋だけでも教えてくれ」
 聞くのは恐ろしい。
 だが何も知らないことに、これ以上、耐えられそうもなかった。
 結城はいつもの無表情で賀来を眺めていたが、一度立ち上がり、またグラスに酒を入れて戻ってきた。賀来に、ミネラルウォーターのペットボトルを無造作に投げて、黒いソファの上に長々と身を横たえる。
「最初のターゲットは荒木。身許が早々に知られたら岡崎や望月に警戒されるから、バラす。岡崎に近付くには娘を使う。山下には家族だ」
「娘と、家族?」
「そうだ。島にいた家族を捨てた男には相応しいだろ?」
 それをすぐに否定できないのは、賀来にもそれを当然だと思う気持ちがわずかであれ、確かにあったからだ。家族を殺されたにも関わらず口を噤み、自分たちと同じ地獄を知っていながら金で沈黙を守っている人間――。
 結城のように復讐を望んではいない。だが彼らのことを許せない気持ちも、あった。
 己の闇としばし戦い、賀来は額に滲んだ汗を拭った。
「誰も巻き込めないように出来ないのか?」
「例えば、誰を?」
 お前が選べとという風に、結城の指がローテーブルの上に広げられた書類を示す。賀来は重なったそれらの中から目的の書類を探し出した。
 本来なら、結城を止められれば、すれで済む話だった。
 だが、賀来には出来ない――彼の狂気を止められない。今まで一度だって、結城は賀来の懇願を聞き入れてくれたことがなかった。
 どうか神よ、わたしの傲慢をお許し下さい。
 神に己の罪を告白しながら、賀来は小さな子供の写真を見つめた。
「例えば、……山下さんの家族だ。お前は会ったことがあるんだろう?」
 一番目に付いたのは、山下の小さな子供だった。まだ四歳の女の子だ。岡崎の娘についてはなぜかほとんど情報がない――結城が故意に隠しているのかも知れないが、そこになかった。
 結城は酒を口に含んで低く笑う。
「あぁ、確かに会ったことがある。お前は本当に子供には優しいな」
「結城」
「子供だけには、かな」
「止めてくれ」
「見せろ」
 手を差し出されて、写真と山下の資料を手渡す。結城は長いことそれらを眺めていたが、やがて詰まらなそうな顔でテーブルの上に投げた。ソファに横たわって天井を見上げる。
「どうせ山下は痛めつけなきゃ喋らない。家族を見捨てるような男だ、一番可愛いのは自分だろ。子供は巻き込まないよ」
 賀来はほっと、ため息を吐いた。少なくとも小さな子は救われた。だがそれは、最低でも三人の男と一人の娘が犠牲になった上でのことだ。それを思って賀来は思わず十字を切りかけたが、結城に凄まじい目で睨みつけられて、手を下ろした。
「まだお前は神を見捨てないのか」
「……俺は神を信じてる」
「自分の罪を棚に上げて、か?」
「――――」
「もう十年だぜ、賀来。お前が神を欺いて十年になる」
 いきなり持ち出された年数に、賀来はこれまでになく顔を強張らせた。
 神を欺きたくて欺いたのではない。
 だが、見過ごすことすら、罪だった。
 賀来は顔をしかめて、逃れられない罪を自分に背負わせた結城を見つめ、軽くかぶりを振った。震える指先を拳の中に押し隠しながらうつむく。
「今でも時々、思うんだ、結城」
「何をだ?」
「お前が俺と一緒に大学と神学校に進んでいたら、どうなったのか。お前は俺よりも遥かに立派な神父になっていただろうな」
「賀来」
 不機嫌な声が名を呼ぶ。
 賀来は聞かない振りをして続けた。
作品名:【 「 MW 」 】 作家名:池浦.a.w