いと小さき世界は廻る
「武藤様ですね。お待ちしておりました」
深々と一礼され、はぁどうも、と冴えない返事を返してぎこちない笑みを返す。・・・何度訪れてもこういうのは、苦手だ。
『もっと堂々としてて良いんだぜ、相棒。オレたちは客なんだからな』
「客って…ボクたちのお客さんが海馬くん、でしょ。それに無理だよ〜、ボクがこういうの苦手なの知ってるでしょ?」
無駄にデカイ(もう一人の遊戯談)玄関から廊下を辿りつつ、小声で会話を交わす。人事だと思ってか、もう一人の遊戯の声音はどこか楽しそうだった。
『大丈夫だ。どれだけ偉そうにしてても、どうせここのゴシュジンサマには負ける』
・・・確かに。
でもキミなら張れるかも、とこっそり思ったのは、もう一人の遊戯は聞かないフリをしてくれたようだった。
モクバからの依頼を受けた翌日の昼。
夕刻早々に店を閉め、遊戯は街を見下ろす小高い丘の上にある海馬邸に出向いていた。
表向きは新たに手に入れた品の鑑定に呼ばれた、という名目で。
豪奢な応接に通され、少々お待ち下さいと慇懃に頭を下げられる。扉が閉まった所でようやく息を継げた気がした。
こういったのはもう一人の遊戯の方が平然とした様子で受け流すのがうまくて。
というか寧ろ、似合う。
・・・何でだろ。
同じ環境で育った筈なんだけどなぁ…。
『・・・別に気にする事ないと思うが』
市井の人間だって向こうは判ってる筈だし。と、僅かに苦笑を含んだような呟きが聞こえた。
妙な所に拘っている遊戯が面白いらしい。フォローしているような口振りだが、やはり声は笑みを含んでいて。
「でもすごい気後れするよー。いつもなら君が来る方が多いじゃない?」
『呼び出しが夜ばっかりだからな』
「その時は…あっちの姿だから、あんまり気にした事なかったんだけど」
『だがオレだって作法だなんだは知らないが、別に困る事はないが』
「いや…うん、何だろ。もう作法の問題とかじゃない気がしてきた」
ホントに性分じゃないってことだと思う。
遊戯は沈みそうなソファに腰掛けたまま、半身を振り返った。
部屋の傍らにいつの間にか設えられていた止まり木に落ち着いている姿は、はまるで最初からそこにありました、みたいな溶け込みようで。
艶やかな濃い茶の横縞が美しい、精悍な隼。
豪奢な応接に似つかわしいというか、馴染みすぎというか・・・最初彼が寄越せと言ってきた訳がわかったというか。
・・・・・・最後は怖いオチになってしまった。
『・・・やめてくれ相棒。オレはこんな所で調度品になるのはごめんだ』
「ボクだってやだよそんなの…」
互いの心の声が聞こえるというのも、時に考え物で。
そんな碌でもない想像に2人して疲れてしまった頃、紅茶を運んできたメイドから、モクバの帰宅が少し遅れていると告げられて、更に力が抜けた。
「申し訳ございません。普段でしたらもう戻られる筈なのですが」
「あ…と、お構いなく。ここで待ってたら良いんですよね?」
「1階でしたら自由に出歩いていただいて構わない、との主からの言付けです」
・・・ん?
『いるのか?あいつ』
「えーと、ご在宅、なんですか?」
「はい。本日はいらっしゃいますが、手が離せないとの事ですので」
それでは、とそれだけ残したメイドが退室したのを見送り、せっかく用意してくれたんだしと紅茶に手を付けて、急遽2人で作戦会議の開催となった。
さて、あの気難しいというか単に扱い辛い主殿にこの話は通っているのだろうか。
昨夜、モクバは話は通しておくとは言っていたが、その後の連絡を取れていない今は確認のしようもない。
先日の予告状の件は、限られた人物以外には伏せられている。事を大きくしない方が良いとのモクバの判断は、お家事情があるにせよ、妥当な選択だったろう。
まぁたとえ他の物が狙われたとしても、メンツに関わる事でもあるので海馬家としては黙ってはいないだろうが。なにせ今回は狙われてるものがものだ。
よりによって、ここの偏屈な主殿が唯一といって良い程に執着する物に焦点があたったこの場合には。
「もれなく本人が動くよね」
『確実に騒ぎが拡大するな』
そこまで。
・・・まぁ、ソレと弟の事くらいしか首を突っ込んでくるというか、自分から切り込みかけるなんて事はしない人物なのでそれは良いんだが。
『実際、モクバが話を通しているか判らない今は、顔を合わさない方が良いだろうな』
というか、今、この姿では鉢合わせしたくない。
ばっちり聞こえた本音には曖昧な笑いで返しておいて、それじゃお言葉に甘えてちょっと散歩してみようか?と遊戯はカップを置いて立ち上がった。
と、あ、そうそう。
「フィナンシェ美味しいよ。もう一人のボクも食べてく?」
歩き回るのを許されたのは1階部分だけ、と言っても元がだだっ広い屋敷なので、下手に動くと迷子になりそうだ。たぶん、本来なら入りこんではいけない場所もあるだろうが…その場合、あちこちで見掛けるお手伝いさん(使用人、という言い方は何となく好きではない)に止められるだろうからそれまでは構わないだろう。
そうたかを括って、2人でブラブラしていると、通りかかったとある一室から賑やかな話し声が聞こえてきた。
「―――て、何だったのかしらね」
「夜、ちょっと騒がしかった事?」
「モクバ様が――――」
カチャカチャ、と食器のこすれる音と共に、聞こえてくる声。配膳の係の部屋か何かだろうか。若い女性で何人かが喋っているようだ。
他に人影はない。
ちょっと失礼して、廊下に掛けられている絵を見るフリで立ち止まる。
「ちょっとだけ聞いてたんだけど、何でも瀬人様のお部屋に誰かが入ったかもしれないとかで」
「そんな事出来るの?だって鍵を持っていらっしゃるのは、モクバ様くらいでしょ?」
「あとは執事長くらいよね」
「何があったのか気になるんだけど…誰も教えてくれないし」
「あんまり興味本位で聞き回ってたら、また怒られちゃうわよ」
「・・・そういえば、最近街へお使いに出た時に聞いた話なんだけど、久々に従兄弟様がこちらへ・・・」
休憩時間か何なのか、他愛ない話は続いていく。
それ以上の情報は誰も持っていないのか、そのまま話は脱線していってしまったようなので2人はそっとその場から離れた。
『・・・どう思う?』
「昨日、モクバくんは予告状以外の事は何も言ってなかったから…」
『カードが見つかったのが海馬の部屋だっていうのはまず間違いなさそうだな』
「それに【瞳】の持ち主も海馬くんだしね。でも・・・」
『どうやって海馬の部屋にカードを置いたか、だな』
屋敷の主人の性格を考えれば、部屋に出入りを許しているのはほんの数人だろう。鍵を持つ相手は限られるだろうし、鍵を任されているような相手なら、昨日の騒ぎを知っている可能性は高い。それならモクバが帰ってきた後で話を聞けるだろう。
「…でもちょっと判らないよね」
廊下を辿りながら、遊戯は腑に落ちないような表情を崩さなかった。
それにもう一人の遊戯もああ、と低く返す。
「昨日の会食は急に決まったって言ってたよね、モクバくん」
『伝令が来たのは夕刻、だったらいつ見付けたのかは判らないが、白昼堂々って事になるな』
作品名:いと小さき世界は廻る 作家名:みとなんこ@紺