いと小さき世界は廻る
これだけ広い屋敷だ。死角になる所はいくらでもある。だが、肝心の2階は違う。正面の吹き抜けの広間からしか上に昇る階段はない。だが、四六時中広間には誰かしらがいて、邸内では人目に触れずに2階へ昇るのは難しい。
まぁ、その肝心の第一発見者たるメイド長とかがやったことであれば話は簡単なのだが。モクバによれば、古くからずっと海馬の家に仕えている家系で、信用出来る人物だという事なので候補からは却下されたが。
「んー…どうしようか…。海馬くんが部屋に入れてくれないから、何を使ったかとか判らないよねぇ」
『もし後ろにいるのが何処かの貴族とかだったらまた話は変わってくるしな。先にマリクにギルドから何か貸し出されたものでもあったか聞いてみるか?』
「そうだね。ちょっとまた面倒掛けちゃうけど」
そうこうしているうちに、屋敷の端の方まで来てしまったらしい。
完璧な配置に手入れされた庭園を望むテラスだ。
流石お貴族様は優雅だな、とさして感動した訳でもなさそうな口調でもう一人の遊戯が感想を述べる。
「えー、でもボク結構好きだな、こういう雰囲気」
ちょっと出ても良いかな、と庭へ一歩踏み出す。丁寧に刈り揃えられた芝の感触が心地良い。
「ねぇ、もう一人のボク」
『相棒!』
振りかえろうとした途端、突如背中からきた衝撃にバランスを崩して踏鞴を踏んだ。え、と思う間もなく、背後で何かが砕ける音が。
『大丈夫か、相棒!?』
背中に感じた衝撃は、もう一人の遊戯のものだったらしい。
一瞬何が起きたか判らなかった。足下には砕け散った陶器の破片が散乱している。
咄嗟に振り仰いだ2階のベランダには誰の人影もなく、一度舞い上がって上を確認したもう一人の遊戯も首を横に振った。
『上に同じような白い陶器の鉢がある。落とされたのは、たぶんそれだ。…だが、誰もいない』
「ぼうっとしてたら怪我してたね。ありがとう、もう一人のボク」
『怪我どころじゃすまないぜ…。あの時、何か嫌な気配を感じた気がする。だから咄嗟に突き飛ばしたんだが…、無事で良かった』
2人はこれを落とした人物がいたのだろう階上を見上げた。
…これはたぶん、警告だ。
これ以上かぎまわるな、という。
「・・・これで決まったね」
ああ、ともう一人の遊戯は低く答えた。
『まだ屋敷の中にいる、っていうことがな』
***
「邪魔するぜ」
夜半。
日も変わろうかという頃に、不躾な闖入者が一人。…いや、連れもいるようだ。
この屋敷の主である自分の部屋に断りもなく、堂々と入ってくるような者は一人しかいない。
闇に溶け込むかのように黒一色の色彩の中で、一際力を持って輝く紅。
どうやら、酷く機嫌が悪いようだ。まぁ悪かろうと良かろうと別に知った事ではないが。
…この分では、どうやらあちらはしびれを切らせたらしい。
「何の用だ」
突き放すような口調にも視線を揺らす事もない。その闖入者――――遊戯は机の前まで寄ると歩みを止めた。
「――――お前、最初から知ってたな」
その一言は確信に満ちていた。
「何の事だ」
「黒幕も全部判ってるんじゃないのか。そして相手が餌に掛かるのを待ってる。そういう事だろ?」
バサ、と手にしていた紙の束を机に投げ出す。
「聞いたぜ。今度、随分と派手に掃除するそうじゃないか」
机上に散らばったリストに目をやれば、見た名が連ねられている。何だこれは、と視線で問えば「魔術師ギルドにここ1ヵ月で多額の寄進をした連中のリストだ」と返ってくる。途端、興味は失せた。
「オレはオカルトは好かん」
「問題はそこじゃない。オレが言いたいのはこいつらの事だ」
トン、と示された先にある名は海馬の家に関わる者なら知らぬ者はいない名が連なっている。
今度こそ、く、と口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。
途端遊戯の表情が歪む。
「人を勝手に撒き餌にするな。この貸しは高いぜ」
「お前に声を掛けたのはオレではない」
挑発のつもりで返した答えに、遊戯の唇が逆にゆっくりと弧を描いた。
「そうだ。オレの依頼人はあくまでもモクバだ。覚えてて貰えてるようで良かったぜ」
「・・・何が言いたい?」
怪訝な表情をして見遣れば、遊戯は先程までの表情を完全に消し去って、いつも通りの、食えない不敵な笑みを浮かべている。
「オレはオレたちの依頼人との契約を果たすだけだ。お前の思惑がどうであれ関係ない」
モクバの望みは【瞳】を守る事と、そして――――
「その兄にちょっかい掛ける連中をどうにかすること、の2つだ」
だから協力してもらうぜ、と尊大に言い切るのを思わずまじまじと見つめてしまった。
拒否されるとは露ほども思っていない、というかそれともまだ何か手持ちのネタがあるというのか。遊戯は海馬の諾を疑っていない。
――――面白い。
「手出し無用、と言った筈だ。アレの事なら別の場所に移してある。易々と奪われる事はない。貴様の出る幕なぞないわ」
「モクバが一枚噛んでいる、としても?」
作品名:いと小さき世界は廻る 作家名:みとなんこ@紺