いと小さき世界は廻る
時計塔の方から正午を告げる鐘が鳴る。
軽く息を切らして広場に辿り着けば、見渡しただけで目的の人物はすぐ見つかった。
「おーい遊戯ィ!」
「城之内くん?お疲れ様!」
振り返りざま、彼が常に首からかけている金色の四角錐が揺れた。
光を弾いた黄金色に、先程見た景色を思い出す、が。…さっき同じ光を見たような気がするんだが気のせいだろうか。
…ま、いっか。
遊戯は大きな荷物を抱えて、何処かへ行こうとしていたらしい。振り返って大きく手を振ってくる友人の所へ城之内は足早に駆け寄った。
隣に並んで並んで歩き出すと、ここまでの道案内をしてくれたもう一人の友人(人?)にも、よぉ、と手を上げて笑いかけた。
「よお、ユウギ。さっきこっち向いて飛んでるお前見掛けてさ」
「だから追い掛けてきたの?」
「ああ、丁度店に行こうかと思ってた所だったんだよな。広場の方面だったし、もしかしたら出てんのかと思ったんだが…当たりだったな」
ありがとな、と遊戯の肩に大人しく乗っている鳥――隼、というらしい――の小さな頭を指先で撫でた。彼の方も大人しくされるがままになっている。僅かに細めた目でどういたしまして、といったところだろうか。
クスリ、とスキンシップに興じている2人を見て口元で笑うと遊戯は袋を抱えなおした。
「いーのかなー、昼間っから。見回り行かなくていいの?」
「オレの巡回担当は中央から西地区。全然問題ありませーん」
てことで巡回ついでに付き合うぜー、と戯けたように言う城之内に、本田くんにバレても知らないよーと返して遊戯は笑った。
「だーからー、オレはあくまで巡回中だぜ?お前が黙ってくれればオッケーオッケー」
「もー、知らないよー?」
まぁまぁ、と笑いながら先を促す。分かれ道でどっちだ?と聞いてくる城之内は、すっかり一緒に行く気らしい。そういう遊戯もしょうがないなぁとか言いながら、こっちだよ、と左の道を指差した。
「…第一、今ヒマなんだよな。最近あいつも出ないし」
「あいつって…、――――宝石ばかり狙ってる、あの?」
重々しく城之内は頷いた。
2年程前に現れた、貴族や好事家の持つ宝石のみを狙った泥棒。
一度も捉えられたどころか姿を見た者すらいないという奴だ。以前は2?3ヶ月周期くらいで度々街を騒がせていたのだが。ここ半年ほどはめっきりと大人しい。
「本田とかはめぼしいもの盗っちまって別な街へ行ったんじゃねーかとか言ってるけどよ、オレはそうは思わねぇんだよな」
「・・・どうして?」
「勘だ!」
ズバリ、と言い切った城之内に、遊戯は僅かな沈黙ののち、曖昧に笑った。
あながち間違いでもないなぁ、…と思ったのはナイショ。
ちらりと肩でお休み中の彼の様子を窺えば、素知らぬふりで微妙に視線を逸らしていたりなんかして。ますますもって、こっそり笑ってしまった。
まぁ、本当に、間違いではない。
そんな遊戯の内心も知らず、城之内は既にその件は置いておく事にしたらしい。彼の興味は遊戯の持つ袋に移ったようだった。
「お前は配達か?」
「ううん、鑑定終わったから返そうと思って」
コレ、と袋を示す。
ズザ
途端、微妙に青ざめつつ、城之内は遊戯から三歩ばかり離れて距離をとった。
「・・・また変なモン出てくんじゃねーだろうな…」
「え?あ、ああ。あはは大丈夫だよー、コレはそんなのじゃないから」
「…ホントかぁー…?」
疑わしげに遊戯の持つ袋を見遣る。
街の西の外輪地区にある古道具屋の主である遊戯の扱う品物は、ただ古く歴史的価値がどうのといったものだけではなく、ちょっとばかり扱いに難のあるものも多い。
中には稀少な魔法だ呪いだ何だのの込められた特殊な道具も集まってくることもある。
大丈夫だってば!と宥めながら、当時を思い出したのか、遊戯はくすくす笑っていた。
城之内にしてみれば、全然笑い事で済まない事だったんだが。
忘れもしない、あの知り合って間もない頃、初めて店に行ったあの時。
…いや、確かに不用意に触れた自分も悪かったとは思うが。
だって普通誰も思うまい。
何気に開けて覗いてみたポットの中の、何かと目が合うだなんて。
『―――――――ッ!』
ちなみにその時は、目が合った、と思った次の瞬間、頭が白くなってはい終了、だった。
街を守る、頼れる筈の保安官が声も出せずにぶっ倒れたなぞ、情けなくて言えやしない。
はっきり言って物凄い忘れたい記憶なんだが、インパクトが強烈すぎて逆に消去するに出来ない状態だ。
今思い返しても背筋は寒くなるし思わず身震いもする。
・・・そういうオカルト系の事は元々苦手なタチなので余計に。同僚の本田にはそれでからかわれたりもするけれど、人間どうしたって苦手なモノは苦手なんだ。
だからそれ以降、城之内は余程の事がない限り、遊戯の持ち物には手を触れないようにしている。
今だってそうだ。
これでもしも勝手に荷物袋を持ってやって、後ろから「実はね…」なんて言われて、袋がモソリと動きでもしたら。
・・・周りが見てて大変面白いことになってしまうことうけあいだ。
そんな城之内の事をよく知っている遊戯は、ホントに大丈夫だって、と笑って袋を揺らした。
「コレ、西の果て国の絵皿なんだよ。お祖父さんが昔キャラバン隊から譲り受けたんだって」
「へぇ…、この街をキャラバン隊が行き来してたのって、確かもう何十年も昔ん事だよなぁ」
「家の整理してたら出てきたから見て欲しいって頼まれたんだ」
「なるほどねー」
あー…なんか嬉しそうな顔してまぁ。
古いモノが好きで、それを近くで見るのが好きだと言う彼は、そういった道具に触れる時、子供みたいに目を輝かせる。これでいざ鑑定、となれば呑まれる程に真摯な視線を向けるのだ。
若年にして遊戯の鑑定眼は本物だ。
加えて一季節前に起こった贋作騒ぎに決着を付けてから、一気にこの街にいる貴族や故買屋の間で評判が上がり、こういった依頼もちょくちょく増えているらしい。
本人は貴族階層と折り合いが悪いらしく、何かに理由を付けては断っているらしいが。
・・・まぁ、最初に関わり合いになったのがあそこの家だと思えば仕方のない事かもしれないが。
「…そういえばあの絵、どーなったんだろな」
「え?」
「ほら、アイツん所のあの騒ぎの」
何でもはっきり言う城之内にすれば、歯切れが悪い。彼がこういう態度に出る時は…。
『…海馬の所のアレだろ』
思考に沈もうとした矢先、耳元に囁くように低い声が落とされた。
「…!」
多少慣れているとはいえ、身構える隙もなく突然やられると弱い。反射的に首を竦めたら、肩で羽を休めていた元凶が少し身体を揺らした。
もう?…!
今抗議出来ないのを判っててやっている癖に、本人は素知らぬ顔だ。ついでに逆にやり返すと喜ばれてしまうのが余計居たたまれないというのに。
「遊戯ー?」
「え?ううん、何でもないよ。え、えーと…海馬くん家の絵の話?」
「そ、アレ」
極力名前も出さないようにしている相変わらずの城之内の態度に、小さく笑った。
バツの悪そうな顔で目を逸らす城之内は、しょーがねーだろ、と小さく呟いた。
まぁ、確かに。
海馬家はこのドミノの街を統治する領家の一つである。
作品名:いと小さき世界は廻る 作家名:みとなんこ@紺