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みとなんこ@紺
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いと小さき世界は廻る

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店の中に一旦戻った遊戯は、大きな布を持って出てきた。バサ、と広げてそれを下に降りていた隼の上に掛ける。
もぞ、と布の中でユウギは身じろいだようだった。
首から下げていた金色の四角錐を外してカウンターに置くと、一つ息を付いた遊戯は、視線を合わせて小さく笑った。
「…それじゃ」
「またね、遊戯くん」

6つ目の鈴が鳴り終わる。
澄んだ音を響かせて、昼の最後の音が消えていく。

リィン――――

「・・・!」
鈴とは違う別の音が響く。
同時に、一瞬目を灼かんばかりの光が辺りを照らし出し、獏良は目を瞑った。
時間にしてほんの一瞬の事だろう。圧迫感を感じる程の光が徐々に収まっていくのを感じて、獏良はそろりと目を開けた。
カウンターの向こうにいたはずの遊戯の姿はない。
そして先程までユウギのいた所に立つ、一つの影。
遊戯が持ち出していた布を身体に巻きながら、彼はゆっくりと振り返り、深紅の瞳を僅かに細めて笑った。
「…よう、獏良」




「いつ見ても不思議だね」
「いい加減慣れたんじゃないのか?」
一旦奥に引っ込んだ彼は、現れた時にはいつもの黒一色の服を身につけていた。
紅い瞳を揺らした彼は唇を弧につり上げる。その姿は先程まで獏良の目の前にいた遊戯と何ら変わりはない。
ただし、瞳の色と、纏う気配とが全く違った。
造作こそ似通ったものであれ、浮かべた表情は穏やかとは言い難く、深く紅い瞳が投げる視線には人を威圧する鋭さの中に、妖しさすら込められているような。
1つ目の白い月が昇る間だけ人の姿をとる、もう一人のここの主。
名前は知らない。最初から彼は自らを「遊戯」だと名乗った。紫の瞳の「遊戯」も語らない。彼が「もう一人のボク」と呼ぶのに倣って、獏良は便宜上もう一人の遊戯と呼んでいる。
対して――――

トン、と軽い音をさせてカウンターの上に白い影が乗った。
真白い毛並みに、紫の瞳の猫である。暗がりの中で丸い瞳が僅かに光を弾く。その色は確かに太陽の下で笑う遊戯のものと同じで、獏良は小さく笑った。
そう言えば、最初にこういう事だと知った時にも、2人の仮の姿があまりに似合いすぎていて(というか違和感がなくて)すぐに納得したものだったな、と呑気な事を思い出す。
猫はカウンターの上に置かれたままになっていた四角錐の鎖を銜えると、それを引きずっていってもう一人の遊戯に差し出した。
「ありがとう、相棒」
チャリ、と鎖を鳴らして受け取った彼が、それを首に掛けると中央に刻まれた目が僅かに淡く光を弾く。白猫の頬を指先でするりと撫でると、彼は獏良を振り返った。
「さて、待たせて悪かったな。今日はいったいどうした?」
教会では拙い話ってのはどういうことだ?
白猫はそのまま彼の肩に乗り、そこからじっと様子を窺っている。
紅と紫の希な色をのせる2対の瞳に正面から射抜かれて、獏良はゆっくりと目を細めた。
「――――『彼』がね、ちょっと気になる事を言ってて」
獏良の言う「彼」が誰を指すのかすぐに理解したらしい。軽く片眉を上げると、「それは確かに中じゃ無理だな」と呟くと、もう一人の遊戯は腕組みをしてカウンターにもたれ掛かった。
彼なりに興味を引かれたか、聞く体勢に入った事を確認して、獏良は先を続けた。
「ここしばらく大人しくしてたんだ。また何か企んでるんじゃないかなって一応気にはしてたんだけど」
「懲りないからな、アイツも」
「まぁ大人しくしててくれた方が静かでいいよ。でも、今朝になっていきなり礼拝の準備中に現れてね」

『近々厄介事が起こるぜぇ、宿主サマよ』

これだけ言って消えたのだ。
「聖堂の中に出たのか?段々大胆になってきたな」
「笑い事じゃないよー。祭壇磨いてたらいきなり目の前の皿に映るんだもん。びっくりしたよ。燭台落とさなかっただけでも凄いと思う」
「バレなかったのか?」
「一瞬だったしね…。まあその後司祭様が邪悪な気配がーって、少し騒ぎにはなったけど」
恐らく少し、どころの騒ぎではなかっただろうが、まぁその辺は関係ないので目を瞑る。
ふむ、ともう一人の遊戯は視線を落とした。
「どう思う?」
「…奴が言うならそれは確実に起こるだろう。というより既に起こってる事なのかもしれない。その辺は判らないけどな。まぁ、一番てっとり早いのは…」
「『彼』を呼び出して直接聞く、だよね…」
面倒だなぁ、などと言って大袈裟に溜め息を付く神父を面白そうに眺めて、もう一人の遊戯は「事実を話すかどうかは謎だけどな」と笑って付け加えておいた。
何せ相手はただの相手ではない。甘言を弄し、言葉巧みに人を誑かし、己の思うようにのみ生きる、そんな存在。
本来なら神父である獏良の対極に位置する筈のものだ。
「放っておく、って手もあるぞ?」
小さく笑って言ってやると、ちょいちょい、と肩に乗った相棒に柔らかい足で突かれた。
「…それも考えたんだけど、好奇心が負けた感じだね…」
鏡、あるかな?
問われて、さてと遊戯は店内を振り返った。カウンターの端にまだ整理しきれていない道具類をおさめた箱がある。その中をごそごそとあさり出すと、ちょい、と再度白い足が奥を示す。その辺りをいくつか掘り返せば、埋もれていた古い手鏡を掘り当てた。
昼に持ち込まれた物だったんだろうか、古い割に物は良い。ちょうど都合が良い事に、長い間使い込まれてきた物なんだろう。
鏡を掘り当て、獏良に手渡す。
「じゃぁ、いきます。――――聞いてるかな。出てきてくれる?」
王様がお呼びだよ――――。
最後の付け加えられたそれにもう一人の遊戯の眉が多少寄るが、構わずに呼び掛ける。
鏡に映った自分の顔。それが不意に像が揺らぐと、鏡像の自分が唇をつり上げて笑った。
『呼び出しは久し振りじゃねぇかい。宿主サマよ』
「別に呼ばなくても君勝手に出てくるじゃないか。それより朝の事、どういう意味?」
『言葉通りだぜ』
「バクラ」
もう一人の遊戯からの呼び掛けに、獏良は手鏡を彼の方へと向けた。そこに映るのは自分の像でなく、皮肉げに歪んだ獏良の顔。獏良の鏡像を借りた、何か、だ。
「知ってる事があるなら話せ」
『こりゃ王サマ、ご機嫌よう。…知ってるっつってもなぁ、そんなたいしたことじゃねぇよ。単にお仲間の気配感じただけだからな』
「お前のお仲間って言ったら悪魔族だろう。そんなのが出てくるって?」
『さぁ?そんな実体化出来る程の使役者、こんなシケた街にゃいねぇだろ。いるとすれば精々…』
アンタくらいだよ。そう言ってバクラは笑った。
『別に誰の所に厄介ごとが舞い込むか、知らねぇしな。そのうち広まったら巻き込まれるかも知れねぇってだけで』
「…結局、それに今は直接関わる事じゃないって事だな?」
『さぁて、どうだろうな』
「もー…それだけ伝えるのに、わざわざ聖堂の中に出たの?」
『オタオタする聖職者サマたち、面白かったろ?』
2人と1匹は、手鏡の中でニヤニヤと笑う悪魔を前に、肩を落として同時に深く息をついた。
「・・・わかった。もういい」
『お役ご免かい。まぁいつでも呼び出してくれよ』
アンタならいつでも歓迎だ。代価はいただきたいトコだが、今の情報料はまけとくよ。
そう残して、鏡の中のバクラは消えた。