BLACK SHEEP
「は…っ」
もつれかける足を叱咤して、彼は壁伝いに懸命に足を進めていた。
頭の中では何故こんなことに、とそればかりが回る。
最初が悪かったのか。
最初から手を出していなければこんなことにはならなかった。
だが、自分の得た情報にしても流してしまったってそんなたいした事にはならなかった事のはずだった。
なのに。
その時間に合わせて落とされた橋。
実際にもしスケジュール通りに列車が走っていたとしたら、今頃は。
――――いや、大丈夫だ。だって列車は止まった。
怪我人も、死人もない。
自分は運がいいんだ。
今は巡りが悪いだけで、必ず当たる時がくる。大丈夫だ。
だってほら、今だって。
混乱した店の裏口から無事に逃げ出せたし。何だか店の中で自分を知るものに声を掛けられた気がするが、自分がそこにいたという物証はない。
今日は夜番上がりで直帰した。そう、それで良いんだ。
大丈夫だ。
暗号文だって全部処分した。自分は、運がいいんだ。
大丈夫――――
もう少しで狭い裏通りを抜ける。
――――はずだった。
カツン、と硬質な靴音がして、彼は足を止めた。
誰かが、いた。
「――――アル」
道を塞ぐように表通りの街灯を背に受けて立つ、2つのアンバランスな対比の影の表情はわからない。
ただ、よく通る声で「あいつ?」と何かを確認しているのだけは聞こえた。
ダメだ。
反射的に踵を返そうとした目の端に、目を焼くほどの青白い稲光のようなものを捕らえたということを認識したところで、彼の意識は闇に落ちた。
作品名:BLACK SHEEP 作家名:みとなんこ@紺