BLACK SHEEP
「ったくよー、大佐もケチくさいよな。こんなブツ隠し持っててさ」
エドワードは本の山を両手に抱えてほくほく顔で元来た道を辿っていた。取りあえずは満足のいく収穫に、つまんねー何だアレあんなのいらねっつの!と返す予定だった言葉は腹に押し込めてやる事にする。
先程までは、あの思い返したくもない屈辱の連行され方&横暴上司のご依頼に、エドワードの機嫌は最低ラインにまで落ち込んでいた。ストッパー(弟)が一緒で無ければもう1ランク上の暴れ方をしていたであろう程度には。しかし結果として、労働の報酬として指されたモノはそう悪くはなかった。いや、普通に古書店などで売ってる値段に比較すれば破格だったかもしれない。
でもあの上司がムカツクのでそれはそれ、これはこれでやっぱりカウント貸しイチ。
「そんな風に言わないの。ちゃんとお礼言わなきゃダメだよ」
「これの代わりに一労働押し付けられたじゃねぇか。チャラだ、チャラ」
「もー…鉄道が断線したまんまだったら困るのボクたちも同じじゃないかー…」
「だからちゃんと働いてやるだろ?『錬金術師よ、』」
「『大衆のためにあれ』、だもんね」
そう答える弟も何冊もの本を抱えている。
兄は素直には言わないだろうが、やはり東方司令部まで立ち寄って正解だった。宿は確保してくれるそうだし、橋の修復のお手伝いも出来て時間の短縮も出来そうだし、オマケに以前から探していた本も読ませてくれるというし、アルフォンス的には文句なしだ。
本は持ち出しを禁止されているので司令部にしばらく詰める事になるだろうが、どのみち鉄道の運行が再開されれば急ぐ人やモノでしばらく路線は混雑するだろう。あても今の所ないことだし、ちょっとくらいは腰を落ち着けたって良いだろう。いつも忙しない移動ばかりなのだし。
アルフォンスは東方司令部に出入りするのは好きだ。ここには自分たちの事情も、気心も知れた人たちがたくさんいるので、あまり気を張らなくていい。遠慮しないで良いからか、兄も何だかんだといっては馴染んで、ここにいる間はある程度素のままでいるように思う。
旅を始める前までは、こんな風に軍部の中である程度好きなように歩き回れるようになるなんて思ってもみなかった。何だか不思議な縁だとは思うけれど、今になってみれば良かったと思うのだ。
軍は怖い所で、軍人にも余り関わってはいけない、なんて世間では言われていて、それが意見の大勢を占めているが。中に入ってみれば、軍人だっていい人は一杯いるし、普通の人なんだということがよく判った。
だからこそ、出来る事は手を貸してあげたいのだ。
「橋ってどんなのかな?あんまり長くなかったら良いのにね」
「列車が走ってるような橋だろ?橋げた無しって訳にはいかないだろうから大丈夫だろ。大佐だって、伸ばしたって重みで落ちる事くらいわかってっだろうし」
それよりどんなデザインにしてやろっかなー、とか何とか、弟的には聞き捨てならない一言が付け加えられていた。
「それデザイン要らないから。前の状態に戻せば良いんだよ」
「えー、そんなのつまんねぇじゃん。どうせならもっと格好良く…」
「ほんっとそんな所に新しい名物要らないから。そんな装飾に資材使うくらいなら、もっと丈夫なのにしちゃえばいいんだってば」
兄のセンスは独特だ。というか物凄く偏っている。兄のセンスのままに組み上げられたら、そのまま変な名所にされてしまうようなモノが出来上がるだろう。実際成り行き上、そうなってしまったモノもあるのだ。・・・各地に。兄だけならまだしも、自分まで同じようなセンスだと思われたら、ほんとに泣ける。(涙は出なくても)
そうして、何だとこら、とか何とか騒いでいるエドワードを連れてアルフォンスが執務室まで戻ってきた時、部屋には先客がいた。
「2人ともお疲れ様」
「あ、こんにちは、中尉」
「ちーす」
「はい、こんにちは。…いいものはあった?」
「思ったより良い収穫だったかな」
大佐にしては、と要らない事を付け加えておいたが、エドワードの憎まれ口はいつものことだ。僅かに笑って流すホークアイだが、見回した室内にさっきまでいたはずの主の姿がない。
「大佐は?」
「将軍に呼ばれてちょっとね。すぐ戻ると言っていたから、待っててくれるかしら」
「忙しい時にすいません」
「大丈夫よ。…ちょっと、イレギュラーはあったけど」
「橋のこと?」
問えば、そうね、とホークアイは小首を傾げて頷いた。勿論それだけではないだろうが、そこは突っ込んで聞きたい事でもなかったのでそれ以上は踏み込まない。けれど本当は聞きたい事は他にあった。別に大佐にでも少尉にでも良いのだが、あまり大きな声ではしない方がいい話だろう。自分が聞いてしまったのだって、本当に偶然だったから。
エドワードは僅かな逡巡ののち、ちょっと良いかな、とホークアイに呼び掛けた。
机の上に広げられた書類をまとめながら、何かしら、と短く彼女は返してくる。
「今って本当にオレたちとかがここでフラフラしてても大丈夫なのかな」
「・・・何かあった?」
手が止まったのは一瞬だけだった。だが、すべてを言葉にしなくともそれだけで十分応えになる。「そうじゃねぇけど、さっきちょっと」と答えれば、彼女は一つ息をつくとエドワードたちが並んでおさまっているソファーの正面に腰を下ろした。
「誰かに、何か言われたの?」
「いや、そうじゃないけど…さっきまでいた資料室の前を、誰か喋りながら通っていって」
『まいるよなー、特別シフトに移行した途端、アレだもんな』
『また、狙ったみたいなタイミングじゃね?』
『もしかしたら本当に情報漏洩じゃねぇかって噂が』
『でも、』
「さっき大佐にも念を押されたんだ。何処で誰に聞き耳を立てられているかわからないから、込み入った話はしない方がいいって」
ここ来てそんなの言われたのは初めてだ。
微妙に何か気に入らない、といいたげな顔で続けると、僅かに目を瞠ったホークアイは次いで僅かに口元に笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね。今回の狙いが何なのかまだ搾れていないからそうと決まった訳じゃないんだけど」
最近、後手に回るような事件が続いていてと、彼女は一つ息を付いた。
そういえばさっきの噂話をしていた軍人も『また』と言っていた。
「他にも何か怪しい事あったんだ?」
「そうね・・・」
ちょっと引っ掛かるような事がいくつかね、と言葉を濁す。これ以上は聞いても無駄かもしれないとは思いつつも、やはり自分の知る司令部と様子が違うのがどうにも居心地が悪くて、エドワードは眉を寄せた。
馴染むつもりの無かった場所に、いつの間にか馴染んでしまっていたのが、何だかこう、アレなんだが。言葉でどう表現して良いのか判らなかったが、治まりが悪い感じがする。それはたぶん何やらモジモジしているアルフォンスも同じ事を感じ取っているんじゃないかと思う。今の東方司令部は何だかふとした時に違和感を感じる。たぶんそれは変な風に疑心暗鬼になってる人が多いからなんじゃないか。
「…中尉は、ほんとに司令部中に情報漏らした奴がいると思う?」
作品名:BLACK SHEEP 作家名:みとなんこ@紺