BLACK SHEEP
「こりゃまた見事に無くなってんなぁ…」
これ材料代わりに使ってね、無駄がなくなってイイ感じだから!とばかりによく判らないガラクタ他を積んだジープに揺られてやってきた川の岸辺。10メートルほどの間隔で並ぶ橋げたの一角が完全に崩落していた。
積み荷降ろすまで休んでりゃ良い、と気の良い少尉は笑ったが、生憎じっとしているだけなのは苦手だ。さりとて、ハボックの同僚のでっかいむっさい男たち(某上司談)が手際よく積み荷を降ろしていくのを手伝うタイミングも逃して、エドワードは取りあえず状態でも先に見ておこうか、と落ちた橋に近寄った。
なるほど、近寄ってみればまだ火薬と煤の匂いがする。確かに十中八九何らかの爆発物が使われたんだろう。
ぶらん、と途中からへし曲げられた線路の際に立って下を見下ろせば、近日の雨で増水した川が囂々と音を立てていた。この勢いなら降りて調べる事も出来ない上に、何かの仕掛けが施されていても川に落ちれば流されてしまっているだろう。
「たーいしょ。あんまり乗り出すと落っこちちまうぜ」
「落ちねぇよ」
ふと気付いたらタバコをくわえた少尉が隣に佇んでいた。横目で見遣れば橋を眺めている間に降ろす作業は終わったのか、ガラクタに腰掛けてそれそれが思い思いに休憩している。
「いつでもやってくれて良いぜ。つってももーちょっと後でも良いけどなぁ」
「オレは別にいつでも良いけどさ。・・・しっかしハボック少尉たちっていつもこんなことまでやってんの?」
「おー、どっかの人使い荒い横暴上司のせいで土木工事から交通整理、テロ鎮圧まで幅広くやらせてもらってるっての」
「・・・普段からどんな感じなのかちょっと判った気がするな」
「気分は街の便利屋さんだな。…まぁそれも悪かないけどな」
そう言って笑った顔が余計に世間一般様から見た「軍人」ぽくない。エドワードは「単にサボリの時間伸ばしてんだろ」と笑った。
「いやいや、ちゃんと迅速に対応させて貰ってますよ、大将殿。あとちゃんとお仕事はしてるって証拠に、はいこれ」
はいこれ、って。
手渡されたのは、くるくると巻かれた大きな紙で。何だろ、と思ってほどいてみれば、橋の設計図だった。
「元のやつの設計図借りてきたんだよ。丸投げしたらちょっと面白いもんが出来上がるかも知れねぇからって」
「・・・大佐が、かよ」
「うんにゃ、中尉」
「く…っ!」
お怒りだったか、ぷるっぷるしてる肩がそれでもハボックの否定を聞いて唇を噛み締めて踏み止まったようだった。さしもの、サイズより数段凶悪な豆台風も鷹の目の女史に逆らうような愚は冒せないらしい。東部最強の焔の大佐なんかも女史に対しては闘う前から常に全力で全面降伏だし。流石だ。
まぁ微妙に何か言いたそうな、複雑そうな顔ですごすごと大人しく設計図を広げる子供は端で見ていて面白かったが、そんなものも顔には出さないようにする。笑っちゃったりなんかしたらとばっちりが来そうだからだ。そんな所はこのちっこい方の上司と、黒い方の上司は示し合わせたようによく似てる。
最終的な所、大佐の作戦勝ちだ。裏で糸を引いているのは彼だが、表立って中尉を立てられると弱い。
この手、他でも使ってきそうだなーと思いつつも余分な事はやはり言わないようにする。
しばし複雑そうな顔で図を眺めていたエドワードだが、一つ息を付くとくるくるとまた元のように紙を巻いて、ん、と差し戻してくる。
「いらねぇの?」
「覚えた」
さいですか。
「少尉はさぁ…」
「あん?」
「どう思ってんの、アレ」
「あれって?」
「――――黒い羊?」
「・・・あー・・・」
川の流れに目をやる。水の流れは普段は心を落ち着かせるものなんだろうと思うが、今はただの濁流で、何の感慨もわいては来ない。
「…上がアレだろ、」
「うん」
「中に厄介なのがいるのは別に珍しい事じゃないんだけどよ」
「うん」
「本当に東方司令部の中に、ってなるとだな、ちょっとこう…寂しいなぁ」
「・・・だろーなぁ」
「まぁでも、こーゆーのはすっきりさせとかねぇと、後になって糸引き出すと余計面倒くさいからな。大事になる前に割り切るしかねぇんだけども」
「なんか、それってさ…少尉、内部がやったって確信持ってない?」
「・・・現場出てるとなぁ…中でないとわかんねーだろこんなの、みたいなのが分っちまうんだよなぁ」
司令部の中ではつけてはいない煙草から立ち上っては風に流されて消えていく煙を仰ぎ見ながら、ハボックは深く息をついた。
「湿っぽい話はやめだ、やめ。あんまりぐずぐずしてっとまた文句言われちまうからよ。パン、て一発頼むぜ、大将!」
「って、押さえつけんな、縮む!」
「撫でてんだっつの。んじゃ、ほら頼むぜ。皆待ってんだからよ」
「待って、って」
ほらほら、と急かされて立ち上がれば、何やら背後から「お、始まるみたいだぜ」とか何とか声がする。
微妙に嫌な予感がして振り返れば、ハボック少尉に負けず劣らず図体もガタイもでっかいのが一山一杯、何だか子供のように期待に目を輝かせてこちらを見ている、ような。何かキラキラしてる。目が。
・・・こわい。かなり。
「・・・しょうい」
「やー、すまねぇなぁ。うちの錬金術師ってば、ほっとんど作るーとか直すー、に使ってくれねぇんだよ。だからちゃんとした錬金術まともにまだ見たことない!とかって騒ぐ連中だけ連れてきてみた」
「見せもんじゃねぇぞコラ…!」
「いーじゃねぇか減るもんじゃなし」
そーだそーだー!との野太い声援に後押されて、エドワードはがっくりと肩を落とした。・・・何だか、心配して損したような気がする。ここって結局そーゆーとこだよな、と。
しょうがないのでこれはこれで割り切る事にした。
さて、そうなると切り替えは早い。そんな期待してくれているというのならば、とりあえずここは期待に応えねば。
「そんな見てぇならしっかり見てやがれってんだ…!」
「おおーやったれ大将!…でもほどほどにな」
「知らね。オレは少尉たちのリクエストに応えただけだかんな」
「ちょ…っ」
しれっと答えてやると、慌てたような気配がしたが、気にしない。
パン、と両手を合わせてイメージを循環させる。
一瞬の集中。
目を開けた時には明確なイメージは組みあがっていた。
パシン、と青白い錬成光が辺りに弾けるのを感じながら、足元に敷いた物質に働きかけるべく、両手の掌を大地へ。
「あとは、よろしく!」
作品名:BLACK SHEEP 作家名:みとなんこ@紺