深潭のエンペラトーレ
創設当初から彼の傍でファミリーの幹部として活動していた者達も、誰一人として、何も知らなかった。その道に関してはプロフェッショナルの者達がいくら探しても、帝一の足取りを掴むことはできなかった。足跡さえ、残っていなかったのだ。何時、何処で、何があって、帝一がいなくなったのか分からない。文字通り、彼は消えてしまった。嘘は本当になった。
残ったのは、ファミリー創設当初から、封を切られずに置かれていた一通の封書。万が一のことが帝一にあった場合のみ開封することを許されていた、古い手紙だ。端はもう黄ばんでしまっている。
幹部が集まって、それを開封した。
白い正方形の紙の中央に書き記されていたのは、簡素な一文だけだった。
―― 竜ヶ峰帝人を≪ミカド≫とせよ ――
帝一は、恐ろしい程に、賢かった。
その一例として、帝一が失踪した後、帝人がそのポストに就くまでの間、空席を幹部以外の誰にも気取られることのないように、対策と防衛線、そして保険を、いくつも残していたことだ。
そのおかげもあって、帝人は誰一人として怪しまれること無く、≪ミカド≫となって、ファミリーのトップの座に就いた。
後に、帝一の残したそれらを臨也から聞いた瞬間、帝人は背筋の凍る体験をする。何処まで先を見通した人だったのか、どれ程沢山のものに考えを張り巡らせた人だったのか。策略の鬼だと帝人は思った。
だから、帝人は帝一を諦めている。帝一を探し出すことを、諦めているのだ。
あんな彼を見つけ出すことは、どう考えたって、自分には不可能だ。帝一という人間は、あまりにも不可解で、そして、難解だ。その深みを覗き込めば、きっと飲み込まれてしまう。だが、それ故に、「帝一」に会いたい。会って、話をしてみたい。そして隙があったら、一発殴りたい。
作品名:深潭のエンペラトーレ 作家名:れみ