world of...-side red- #01
彼の攻撃での専門は狙撃だ。
それなのに、今回はどういうわけか比較的近距離の拳銃を持たされてしまった。
不満気な呟きが、機械と通して漏れる。
「……いざとなったら、」
『スーさん?』
「オイが……守っちゃるけ……」
『……ぁっ、ありがとうスーさん……。僕頑張りますからっ』
そんな甘い会話をしている間にも、足音は刻一刻と迫ってくる。
ふぅ、と息を吐くと、ベールヴァルトは意識を新たにした。
ティノに目配せするのも忘れずに。
小路の横まで敵が来た瞬間、二人は同時に飛び出し、的確に一人、二人と打ち倒していった。
「なっ……!!」
「遅いですよっ!」
バタリ、とまた一人。
「――ッの野郎!!」
「威勢だけはあるべな」
ドサリ、とまた一人。
場にはあっという間に四人の亡骸が転がった。
突然降りかかった悪夢に、残りの二人がひっと悲鳴を上げる。
それを、ベールヴァルトが一瞥する。
「逃げるなら今のうち……ばいね」
低く発せられた警告に、その二人は弾かれたように逃げ出した。
しかし――
「……って言って逃がす人が、何処に居るんでしょうね?」
ティノの銃口は、真っ直ぐその背中に照準が合わせられていた。
タァン、と闇に音が響き渡ると同時に一人が倒れ伏す。
もう一人が逃げてゆく。
ベールヴァルトが、その長い腕をすらりと伸ばした。
「あの世で後悔するんだなぃ……」
そしてもう一つ、命が散った。
懐に銃を仕舞ったティノが、ぐるぐると首を回した。
「あー……っ、駄目ですね」
「ん、どした」
「ピストルの衝撃は、慣れませんよっ……と」
続いて、ティノは伸びをしたり腕を回したりと、柔軟体操をして衝撃を受けた体をほぐした。
ベールヴァルトは自らも銃を仕舞い、ティノのそれが終わるのを静かに見守った。
「――っふぅ……。あ、お待たせしました」
ふわり。
ティノが微笑む。
「おぅ……。じゃ、行くべか……」
「はい。今頃、お二人とも苦労してるでしょうしね」
再び、何事も無かったかのように二人は歩き出した。
闇の果て、光を目指し。
***
ぴょんぴょん、と。
軽快に空の家屋の屋上を駆ける二つの影。
「――はい、すぐに向かいますね。フェリシアーノくん」
菊が返答したのを聞いて、アーサーが彼を見やった。
「おいおい、もう始めやがったのかよ?」
「そのようですね。やる気があるのは大切です」
「……そうか?」
ある地点まで来たところで、二人は立ち止まった。
眼下には、敵に包囲されつつ、腕が鳴るといわんばかりに次々と敵の軍勢を討ち果たしていくフェリシアーノとルートヴィッヒ、さらには加勢したトーリスとフェリクスが居た。
菊は遠くを見るように、手を目の上に掲げながらそれを眺める。
「おやおや……。予想以上に凄い勢いですね」
「そんな悠長にしてる場合か?俺らも――」
胸元から素早く銃を引き抜くと、アーサーは対岸の闇に撃ち込んだ。
ほんの少しの間の後、どさりと何かが崩れ落ちる音がした。
「狙われてるぞ」
真摯に見つめる翡翠に、菊は僅かに微笑む。
その手は、鞘に収まる日本刀へと伸びていた。
「そうですね。油断しては――」
目にも止まらぬ速さで、背後を振り向き闇を一閃。
どさり、今度はすぐ近くで影が崩れ落ちた。
月光を遮っていた雲が風に流され、此処で起きた一瞬の顛末を曝け出す。
ゆっくりと、けれど確実に。
四方に向かってそれから流れ出す紅が、色の無い闇夜を染めていく。
そしてそれを、“闇”が静かに見つめていた。
「いけません、よね」
「――末恐ろしいヤツだな」
片眉を上げて、アーサーは皮肉っぽく呟いた。
菊が言った言葉は、今其処で事切れた暗殺者にも向けているのだから。
さて、と菊がアーサーに振り向く。
「行きましょうか。ちょっとだけ、派手に」
「お、珍しいな。楽しそうじゃねぇか」
「ふふ……目の前であんなに楽しそうにされては、こちらもわくわくしてしまいますよ」
「ま、ごもっともだな。……俺も分かるぜ」
恐ろしい会話を交わす二人は、終始微笑んでいた。
この後、二人はほぼ同時に飛び降り、敵陣の中央に乱入する。
ますます闇の取り引き現場は混迷を極めるのであった――
***
連絡を受けたのは、ひたすら夜の無人街を駆けるヘラクレスを追いかけるサディクだった。
「あァ!?――分ぁったよ!」
プチッと無線の切れる音がするや否や、サディクは声をあげる。
「てめぇ!いつまで走ってりゃ気が済むんでぃ!とっくに――!」
すると、ヘラクレスは突然足を止めたかと思えば、方向転換をしてサディクに向かって来たのである。
驚いて立ち止まった瞬間、ヘラクレスはぐんと踏み込み、サディクの肩を踏み台に、更に飛び上がった。
そして、屋上に居た“刺客”を背負った“十字架”で一気に殴り倒す――。
あまりに一瞬の出来事に、サディクは唖然としていた。
見事に着地を決めたヘラクレスが、彼に振り返る。
「ずっと、つけられてた……から。“敵を騙すにはまず味方から”……ってやつ」
「おまっ!馬鹿にしてやがンのか!」
「……ちょっと」
「だーーーっ畜生!」
頭をガリガリと掻いた後、サディクは突然銃を構えた。
銃口の先には、ヘラクレス。
「!」
「伏せろィ!」
サディクの声が響いた瞬間に、ヘラクレスは素早く身を屈めた。
次の瞬間、銃口が火を噴き、後方で人が倒れる音がした。
体勢を立て直し、その方向をヘラクレスは見つめた。
月明かりに浮かび上がる、奇襲に失敗した哀れな刺客。
「余韻に浸ってんじゃねーよ、この阿呆餓鬼」
軽く頭を小突かれる。
ヘラクレスは、結果的に助け合いになってしまったことに少々不満気だ。
「……油断は……お互い様」
「てやんでぇ、下手すっとおっ死ぬぞ!」
行くぞ、と歩き出したサディクを他所に、ヘラクレスは快晴の夜空に穿たれた青白い光を見上げた。
(まだ、何か居る……)
それと同時に、“下手すると死ぬぞ”と心の中で反芻していた。
誰にも届かぬ彼の呟きは、優しく冷たい闇に溶けていった。
「そんなんで……死ねたら……楽だよ……」
***
―――丘の上の屋敷にて
「交代の時間だよ」
「おーすまねぇな、待ってた――」
振り返った見張りの男が見たものは、目と鼻の先にある銃口と、優しすぎる微笑み。
「ぜ……?」
事態が理解できず、目を白黒させる男に、“白”はまるで冗談でも言うように告げた。
「誰も君の人生となんか交代したくないけどね?」
至近距離で放たれた銃弾は、男の頭を見事に粉砕していた。
“白”――イヴァンはそんな惨劇には目もくれず、身に着けているマフラーを気にしている。
「あぁ、もう。また汚れちゃったじゃないか」
「白なんて着けてくるからあるよ」
イヴァンが顔を上げると、耀が投擲用のナイフを袖に仕舞いながら歩いてきていた。
作品名:world of...-side red- #01 作家名:三ノ宮 倖