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world of...-side red- #02

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声が聞こえたかと思えば、それは耀の背後で、菊は落下してきた愛刀を掴み、まさに振り下ろさんとしていた。
消えたかと思われた一人と一振りは、隙を突くための法として上下に進路を分けたのである。

「――ちぃっ!」

耀は振り向くより早く、蹴りを繰り出していた。
見事に打撃は柄へと当たり、菊は弾き飛ばされてしまう。
しかし、砂埃を立てながらも着地した後、彼は――
嗤っていた。

「……何が可笑しい?」

普段の口調が抜けた耀が、訝しみ菊を見ると、ブツ、と何かが切れる音がした。
風に自らの長髪が舞った。
驚き、耀はそれに手を当てる。

「“一本”、取りました」

先程の攻撃。
あれで、菊は耀が髪をまとめている紐を斬ったのであった。
ヨンスたちが感嘆の雰囲気を漂わせる中、耀もまた、高らかに笑った。

「……は、はははははは!我とした事が、見事にしてやられたあるね!!」

調子の上げられた声と共に、耀が戦闘中に纏っていた鋭い空気は、何処かへ霧散していた。
代わりに、優しげな笑みがたたえられる。

「好!これだけやれば、明日も心配はねーあるな!」

明るい声音に呼応するように、兄弟たちもまた微笑んだ。

「あ、紅華の事迎えに行って来る」

香が言い、小走りに林の向こうへ行った。
後姿を見送りながら、ヨンスが耀の元へ駆け寄ってくる。

「あーにきっ!明日は頑張りましょーね♪」
「頑張らなきゃ死ぬあるよ」
「手厳しいっ!」

漫才のようなやり取りを見届け、菊は立ち上がりつつ、澄み切った空を仰いだ。

「……見守っていて下さいね」


***


『あーあー、聞こえますか』
「ばっちりクリアなんだぜー」

鬱蒼とした森の中、音量を抑えた明るい声がひとつ。
標的の組織が仕掛けた探知システムギリギリの所で、ヨンスは木に登り、その枝を足場に城のような建造物を見つめていた。

『他の皆さんは?』
「大丈夫、近くに居るよ」

通信の声を受けながら、ヨンスは横に目を移した。
木々にはそれぞれ兄弟たちが立ち、同様にこれから戦場となる、高くそびえる城を見上げていた。

『援護部隊が向かっていますけど、どうしますか?先に突入します?』

今度はヨンスではなく、実質この5人の中でリーダーと言える耀がそれに答えた。

「あぁ、許可が下りるなら是非そうしてぇあるな。ローデリヒ」
『おやおや、そんなに血気にはやらないで下さい。確認取りますので少々お待ちを』

繋がったまま通信回線が放置されている間に、香が耀に話しかけた。

「なーんかやる気満々じゃね?先生」

対して、耀はにっこりと破顔した。

「兄弟で仕事するのは、本当に久し振りあるからな」

そこに、ローデリヒからの返答があった。

『王さん、アルフレッドが“是非に”と』
「うわ、ぜってぇどっかで見てるあるね……。その台詞は」
『それでは……、傍受を防ぐため、私たちはここで失礼させて頂きます。皆さん、お気をつけて』

ローデリヒに続くように、情報部の面々が5人の兄弟に声をかけた。

「あ、あの、無事で帰って来て下さいねっ!」
「ご活躍に期待してますよ」
「紅華ちゃーん!頑張ってねー!」
「Good luck!なのです!」

兄弟たちの答えは、揃って一言だった。
それが、この5人の通例になっている。

「「「「「了解!」」」」」

***

森の中を、一台の車両が疾走していた。
荒地でも余裕のバギーのハンドルを握り、なんとも華麗な走りを見せているのは。

「……まだ着かないのであるか」
「なぁにイライラしてんのさ。大丈夫、ちゃんと着く――よっ!」

ハンドルを大きく切り、車体はドリフトしつつ右に曲がる。
車内の5人が遠心力で左側に寄ったのは言うまでも無い。
そして、否応なく野次が飛んだ。

「いったたたた……。もー、やるならちゃんと言ってよー」
「貴様!到着の前に我が輩らを殺す気かっ!!……大丈夫か?」
「はい、私の事はお気になさらないで下さいまし」
「てめェこらァ!!危うく俺様が投げ出されるトコだったろうが!」

それら全てを無視し、運転手である彼――フランシスはウインクを飛ばした。

「今生きてるでしょ?」

すかさずバッシュはフランシスのこめかみに銃口を突きつけた。
目は至って本気である。

「ふざけるな、殺すぞ貴様」
「あー勘弁。謝るから!早くそれ降ろしてー、お兄さんハンドル操作誤っちゃうからねー?」

窓からの風に当たりながら、助手席のギルベルトが悪態をついた。
口を尖らせてぶすったれる様は、さながら少年のようである。

「まったくよー、もうちょっとソフトに運転できねぇの?さっきマジで俺危なかったんだけど」
「いっそ投げ出されちゃえばよかったんじゃね?」
「うわ、ひっでー!俺様傷付いたぞ!?」
「あーはいはい、後で全部聞いてあげるから……。ごめん、嘘」

軽くギルベルトをあしらったフランシスに、今度はイヴァンが話しかけた。

「ね、今日のって耀くんたち兄弟の援護だっけ?あの子たちなら大丈夫だと思うけど……。ちょっと心配だなぁ、遠慮なく飛ばしちゃって!でも事故は遠慮するよ?」
「どんだけ疑ってるのさ!大丈夫だって!」

会話の間にも、フランシスは器用に天然の障害物を避けながらバギーを走らせる。
そんな中、マリーがぽつりと呟いた。

「……これからする事は、ただ奪うだけではありませんよね」
「マリー?」

騒がしかった車内が、急に静まり返る。
運転しているフランシスは聞き耳を立て、イヴァンとギルベルトは彼女を注視し、バッシュが怪訝な表情で彼女の顔を覗き込んでいた。

「なんだ、怖いのか?」
「いえ。それなら、元よりこの場には居ませんわ」
「なら――」
「私は、“守る事”が根底にあるかどうかを知りたかったのです。皆さん、これは……嗜好の為の略奪や殺戮ではありませんよね?」

少女の真摯な眼差しに、四人の男たちは“勿論だ”と答えた。



暗闇を疾走する、鉄の箱。



***



――がさがさ。



木々のざわめく音に、表を警護していた男が顔を上げる。

「……どうした?」
「いや――何か居たような気がしたんだが」
「こんな山奥に?その辺の動物だろ、疑心暗鬼になりすぎだってお前は」
「用心に越した事ないだろ」

二人の男が、目の前に立ち並ぶ木々から意識を逸らす。
煌々と三日月が照らす青白い地表に、五つ。
影が落ちた。

「――!!」

直後、門番たちは事切れていた。
三人が着地し、二人が武器で空を切り血を払いながら立ち上がった。

「今回は俺の勝ちなんだぜ」
「いや、俺のが早かった」

小声で小競り合いを始めたヨンスと香の後ろから、菊の諌める声が飛ぶ。

「こらこら、お二人共。そんなところで揉め事などしてる場合ですか。まだ突入すらしてませんよ?」

歩み寄って来た彼にポコッとチョップをかまされ、二人はばつが悪そうにした。
作品名:world of...-side red- #02 作家名:三ノ宮 倖