world of...-side red- #02
後ろから、堪え切れていない笑い声が微かに聞こえてくる。
「もう、お二人も笑わないで下さい」
「だって……ププ、子供みたいなんだもの」
「ホント仕方ねー奴らあるなぁ」
さて、と場を仕切りなおすように耀が一声。
「菊と紅華は一階、香は二階、ヨンスは三階、我は一番上。何したって後片付けはウチの奴らがしてくれるある。とりあえず、無事で帰ってくれば良し!良いあるね?」
兄弟たちが口々に返事をし、互いの幸運を祈り、笑いあった。
そして。
三途への道へ誘う鴉たちは、城の中へと飛び立った。
***
「両脇に分かれてますね」
「菊はどっちが良い?」
「これといって理由は無いですが……。右を」
「じゃ、私が左ね。向こう側の廊下で会いましょ」
「はい。それでは紅華さん、ご武運を」
一階ロビー。
無防備な玄関口で、菊と紅華はそんな会話を交わし、二手に分かれた。
部屋を取り囲むように廊下が続いており、両の道から行くと、ばったりロビーの反対側で会えるようになっている。
上へ上がる手段は、ロビー正面にあるエレベーターと、左右の道の途中にある階段だ。
*
紅華は悠長に歩きながら、とても以前痛手を受けた組織とは思えない、建物の内装を見ていた。
「まったく、こう……何なのかな。頭悪そうね……。色々と」
独り言を呟くと、それに誘われるかのごとく、角から男たちがわらわらと湧いて出た。
紅華を見るなり、嫌味な笑みを浮かべる辺り、先の彼女の言動は間違いでは無さそうだ。
「おぉ?鈴の音のような声が聞こえると思ったら、こりゃ珍しいお客さんだ」
「なかなか可愛いね~」
「女なんて久し振りに見たぜぇ」
「こんな所に何の用だ?どうせなら俺らが相手してやろうか」
紅華はひとつ嘆息すると、軽蔑するように男たちを見た。
その表情がお気に召したのか、群れからは歓声のようなものが上がる。
「……そんな目で私を――」
一番前の男が気付いた時には、鈍く光る刃が目前に迫っていた。
「――見ないでよ」
あえて即刻仕留めるのではなく。
紅華は男の目だけを狙い、切り付けた。
後ろに飛び退き、倒れてくる男を避けると同時に集団と距離を取る。
男はただ、訳の分からない痛みに悶絶し、床を転がるばかりだった。
「――ンの女ァ!!」
津波のように、男たちは一気に紅華へと攻撃を開始した。
彼女は、冷ややかな眼で見返す。
一振りの剣を手に。
「本当、頭の足りない男ばっかりね」
*
「……あ」
廊下の中腹辺りで、丁度部屋から出てくる男と目があった。
互いに硬直したが、すぐさま状況を理解し武器を手に対峙した。
「貴様……何者だ?」
「わざわざ聞きます?」
銃声がひとつ、ふたつ。
金属に当たり、兆弾する音がひとつ、ふたつ。
二人は口元のみで笑った。
「やるな」
「いえ、序の口ですよ」
「……よもや貴様……サムライ、ってヤツか」
「恐らくは」
言葉を交わしながらも、両人はじりじりと間合いを計っている。
相手は拳銃、菊は日本刀。
明らかなリーチの差。
だが、菊はそれを知っていてなお、平然としていた。
「それにしては、丁髷とやらが無いな」
「これは失敬」
タタン、と床の蹴る音。
至近距離で放たれようとした銃弾は、しかし日の目を見る事は無かった。
代わりに空間には、男の血飛沫が勢いよく舞った。
わき腹からぱっくりと割れた死体は床に沈み、その手から拳銃がすり抜け、落ちる。
刀に付いた血を払い、鞘に収めた菊は、それを見て薄く笑みを浮かべた。
「なかなか面白い人でした……。コレ、貰っていきますね」
流れ出した血液に塗れる前に、男が先程まで握っていた拳銃を拾い、己の懐に仕舞った。
何事も無かったかのように、頬に返り血を少々滴らせながら、菊は悠然と長く細い空間を進んでいった。
***
囲まれていた。
これは紛れも無い真実で、まさに目の前で起こっている事。
自分が今、体験している現実。
香は眉ひとつ動かさずに、周囲に群がる者たちを見渡した。
「ガキかよ」
「しかも単身?」
「オマケに武器はナイフと来た」
「ナメられてますぜ!」
嫌に統率の取れたヤツらだ。
そんな事を香が考えていると、集団は彼を取り囲む輪を徐々に狭めてきた。
苛々した感情を肌で感じ、香は僅かに眉根を寄せる。
「……勘弁」
ひゅん。
風を切る音と共に、軽く香の腕が振られる。
ごとり。
重く固いものが、床に落ちる。
ざわ。
空気がどよめく。
「隠れてるのもまとめて来なよ。殺されたいワケ?」
四つある広間から、これでもかというほどの人、人、人。
さすがに下の階が暴れ始めれば、情報は嫌でも伝わるだろう。
だからこそのこの数。
丁度良い、的。
ナイフを回転させ、香はそれらを逆手に持ち替えた。
***
「せっま……」
ヨンスは今、酷く狭い場所に居た。
人ひとりがようやく通れるか否かの、細く続く場所。
本来なら人間など通らないのだが。
時々、背負った武器が何処かに引っ掛かるので、ヨンスは前進にだいぶ手間取ってしまっていた。
光の漏れている箇所を発見し、移動速度が微妙に上がる。
丁度そこには、上へと抜ける箇所もあり、ヨンスはようやく体を伸ばす事が出来た。
体勢を立て直し、適当に捕まれるところを探し当てると、両手でそれを掴み、出来る限りの勢いをつけ――
通気口の網を蹴破った。
「おりゃあぁぁー!……ってうぇぇえ!?」
予想外なことに、通気口の前にはひとり男が立っていて、ヨンスの蹴り出した網と足が、その後頭部にクリーンヒットした。
場に倒れ伏した男の上に、図らずも着地する。
ふと顔をあげれば、周囲は呆気に取られた男たちで一杯だった。
「ど、どうも~……」
苦笑いで、遠慮がちに手を挙げる。
無論、そんなものが通用するはずはなく、はっとした男たちは一斉にヨンスに襲い掛かった。
「や、やっちまえッ!!」
「あっちゃー、またやっちまったんだぜ……。でも、」
瞬時に顔付きが変わったかと思えば、背負った得物を引き抜くついで、そのまま大きく振り回し、群衆を薙ぎ倒した。
足元の男が起き上がろうとしたのを、一回りした青龍刀を以って、頭蓋を一突きにし、沈黙させる。
「さぁて……こっからは俺の独壇場だぜ」
にぃ、と楽しげに笑い、刃先を引き抜き前に構えた。
だらりと伝う鮮血が、蛍光灯にきらりと輝く。
「――覚悟しな」
四羽の鴉が血潮に舞う。
***
―――最上階
「……下が騒がしいな」
黒革のソファに体を預けた男がふと呟いた。
傍に居た青年は、主の言葉に反応を示す。
「あぁ、鼠ですよ」
「鼠?……というと、アレか」
「はい。ご心配には及びますまい、なにせあの人数に対して、鼠の数は4匹ですから」
「4匹に対する騒ぎがコレか?なんとまぁ、逃げ足の早いことよ」
はははは、と男は高笑いをする。
作品名:world of...-side red- #02 作家名:三ノ宮 倖