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world of...-side red- #02

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近くにあったワイングラスに、赤紫の酒を注いでくるりと揺らした。
青年もつられてくすりと微笑んだ。
外の様子を見て来ようかと、青年が男の傍を離れ、だだっ広い部屋を横断し、扉へと向かっていった。
そして、男がワインをぐっと飲み干した瞬間――

「――動くな」

突如、男の両肩を足場に、“一羽の鴉”が舞い降りた。
喉元には武器が添えられ、天井には穴が空いている。
静寂を破った声に、青年は驚き振り向いた。

「やっと見つけたあるよ、大将め」

見下すように笑う鴉は、しかし拘束の手を緩めようとはしない。
青年は震える声を絞り出すように、ぽつりぽつりと呟き出す。

「琥珀の目……黒い髪……。それにその武器……。まさか……!」

今度は嬉しそうに目を細めて、鴉は笑った。
そして、彼は名乗りを上げる。
これから死出の道を行く者たちへ。

「いかにも。我が“眠れる獅子”……王耀ある」

再び耀は自らが拘束している男へと視線を落とし、語り掛ける。

「あの時、てっきり頭はヤツかと思ってたあるが……。成る程、おめーの替え玉だったってことあるね。重要な取引のくせに、自分はまんまと保身を遂げた、と」

少し間を置いた後、フッと男が笑った。
冷ややかな視線で耀はそれを見る。

「……最終的には己の身が大事なものだろう?裏で生きていくのなら、他の犠牲などにいちいち反応していたらキリがない。それに――」

――私はまだ終わらんよ
その言葉と同時に、青年が素早く銃を引き抜き、耀目掛けて放った。
耀は咄嗟に横へ飛び退き、紙一重で弾丸を避ける。
彼が床に着地した瞬間、他方から銃声が聞こえ、勇敢なる青年はその場に倒れ伏した。

窓の外を振り返った耀は、三日月に光る銃口を見た。

*

「……当ったりぃ」

耀が見た銃口、それを構えたイヴァンは、最上階の窓と同じ高さの木の上に居た。
満足気にスコープから顔を離すと、すぐ下の枝に腰掛けているフランシスに話しかける。

「恋人の危機を救っちゃったよ☆」
「おー、ちゃんと見てたよ。相変わらず外さないねぇ」
「もちろん!だって耀くんの為だもの」
「お熱いこと」
「えへへ」

建物へと視線を戻したイヴァンは、窓越しに彼と目が合ったような気がして、また微笑んだ。
それから、思い出したように声をあげ、今度は向こうを見たままフランシスに話しかけた。

「あ、今日もしかしたら見られるかもよ」
「何をさ?」
「何って“獅子”だよ。フランシスくん、気になるって言ってたよね?」

そうだけど、と言いながら半信半疑に目を丸くする彼に、イヴァンは子供のように笑って言った。

「最近ね、“彼”が疼いて仕方ないって耀くんが言ってたんだぁ。だから、この状況なら耀くん出してあげるんじゃないかと思って」

期待のこもった眼で、二人は窓の内を注視した。

*

男はまさかの反撃に驚いていた。
外にも仲間を配していたのか、と。
一方の耀は、窓の外を見たまま、ゆらりと立ち上がった。
たった二人の空間を制していた沈黙を破ったのは――

「――ふ、ふふふ……ふははは……」
「……?」

耀、だった。
俯いたまま、彼は不気味に笑い出す。
男はソファから立ち上がり、間合いを取りながら彼を見た。
懐に隠した拳銃に、手を添えるのも忘れず。

「なんだ……気でも触れたか?」
「ふ、くく……。いやぁすまねーあるな……。“コイツ”が出たがっちまって……はは」
「……貴様……“誰のことを”言ってるんだ……?」

何処か浮ついた雰囲気の耀に、男が一種の恐れを抱き、一歩、後退した。

「“コイツ”は我と違って……手加減なんてモンは知らねーあるよ……?」
「……ならば――未然に防ぐのみッ!!」

一組織の頭に相応しく、賢明な判断と迅速な行動を以ってして男は対応したが。
片手で構えられた銃器の先に、標的の姿はとうになかった。

「――遅ェよ」

声が発せられたのは、男の背後だった。
振り返る間も無く、背に衝撃を受け男は吹き飛んだ。
嗜好品の置かれたテーブルの上に着地し、彼は高らかに笑う。

「――はぁーはっは!!んだよ、密売組織の一角ってのも大したことねぇなァ!」

一変した空気に、体を起こした男は耀を訝しんだ。
明らかに、先程までとは“まるで別人”のようである。

「貴様……“誰だ”?」

その一言で、彼の笑いがピタリと止まる。
ゆっくりと口角をつり上げ、満足気に男を見た。
纏う雰囲気は、まさに――

「……へェ、そう聞いてくるとはな。珍しいヤツも居たもんだ――いいぜ、教えてやるよ」

自らの胸に親指を当て、彼は言い放つ。
それこそ、群集に演説する独裁者のように。

「俺の名はヤオ。この体――主人のユエとは同じ字を書くぜ。ただ、さっきユエが言ってた通り加減なんてのは知らねェよ?」

手を降ろすと、ヤオはケケッと笑い声をあげた。

「いつまでもケツ突き出してんじゃねェよ。『生きる為なら犠牲も厭わない』んじゃないのか?……立って戦え、俺を楽しませてみろ。じゃなきゃ――」

男が立ち上がり、銃を再び構えた、まさにその時。
またしても見据えた場所に標的はおらず、声がしたのは、下方だった。

「死ね」

放たれたのは突き。
男の顎に直撃するかと思われたそれは、空を貫く結果となった。
男は、上体を反らして後方へ回転し、距離をとると銃を構える。
耀(ヤオ)は薄く微笑した。

「……出来んじゃん」

一発の弾丸がヤオの頬を掠めた。
しかし、彼は微動だにしない。
それどころか、頬に伝った血を指で撫で、それをひと舐めすると――

「アンタとはちったぁ楽しめそうだなァ」


にやり、と笑った。


***

 
「いい加減……飽きたっつーか……」

切れども切れども湧いてくる男たちを見て、香は嘆息した。
決して体力切れを起こしたわけではないが、単純作業の繰り返しというのは怠惰なものである。
彼を囲む群れが、再び出来上がろうとしていた時。

「香さん!避けて下さいまし!」

澄んだ声に呼応して、香は咄嗟に横へと飛び退いた。
途端に、輪の右側から呻き声や声にならない叫びをあげながら、男たちが呆気なく崩れていった。
同時に聞こえてきたのは、弾丸を掃射する音。
振り返れば、身の丈以上もあるガトリングを操るマリーの姿があった。
一人残らず撃ち倒し、彼女はふぅと一息ついた。

「お待たせしてしまってすいません……。大丈夫でしたか?」
「うん。ていうか、相変わらずギャップ激しくね?」
「そうでしょうか……」
「褒め言葉だったんだけどな」

死体の山の中で和やかに言葉を交わす二人の後方で、何かが蠢いた。

「「!」」

山の中から一人の男が這い出し銃を構えるのと、マリーのガトリングの上にバッシュが降り立ち、そのショットガンを撃つのは同時だった。

「油断はいかんな」
「すみません、兄様」
「さっすがー」
作品名:world of...-side red- #02 作家名:三ノ宮 倖