world of...-side red- #04
「さて、単調な任務ではあるが、気を引き締めて行くのである。マリー、無理はせんようにな」
「はい、分かっていますわ。お兄様」
二人が扉を閉めるのと同時に、そこへギルベルトが現れた。
「あっ!ちくしょー、閉まっちまった」
「む、何をしている貴様」
「坊ちゃん作戦のハブだよ。明確なポジションが無いとか厳しすぎるぜ」
「それは……臨機応変に対応すれば良い問題だろう」
「なんだ今の間」
「きっとお考えあっての事ですわ。気落ちされませんよう」
「うっ。励まされると逆に凹むぞ、マリーちゃん」
そして、作戦室へ入れ替わりにギルベルトが訪ねていった。
扉の開く音に振り返ったローデリヒは、なんともいえない表情で彼を迎えた。
「よぅ。……ンな顔すんなロディ坊ちゃん」
「ギルベルト……。どうせ貴方、何か文句を言いに来たんでしょう」
「はっ!?そ、そんな矮小な男じゃないぜ俺は!!決め付けんなっ!」
違う違う、と全力で否定して、ギルベルトは本題を切り出した。
「あのよぉ、さっき……つーかだいぶ前だけど、エドァルドとライヴィスとすれ違ったんだが。“外”に出す気か?あいつら中ばっかだったじゃねぇの」
いつの間にか、ピーターが傍まで来て話を聞いていた。
余程退屈だったのか、それとも友人の名が出たのが気になったのか。
ローデリヒは、ほう、と感嘆の声をあげる。
「へぇ、貴方も誰かの心配をするんですね」
「失礼なヤツだなー」
「あの二人なら平気ですよ。むしろ、たまには体を慣らして貰わねばいけません」
「いや、エドァルドはさておき、だ。あのビビリのライヴィスは大丈夫なのかぁ?敵さん見ただけで卒倒しそうだけどな」
「……それはとんだ見当違いですよ」
「は?」
二人の顔を思い浮かべて余所見をしていたギルベルトは、意外な言葉に視線を落とした。
ローデリヒは、端正な顔をこちらに向けている。
彼が嘘を言わない性格だという事は、ギルベルトもよく知っていた。
だからこそ、たった今発された言葉の真意が気になった。
視線で続きを促すと、ローデリヒはゆっくりと口を開いた。
「あの子の普段の姿は、半分は虚構です」
「……じゃあ」
驚きに声をもらしたのは、先程まで問答をしていたギルベルトではなく、ピーターだった。
不安げに見上げる彼に、ローデリヒはひとつ頷いて続きを紡いだ。
――この子はもう、私が言わんとしている事に気付いている
ピーターの聡明さに、感心しながら。
「安心なさい。彼は何も、皆を騙している訳ではありませんよ」
「だったらなんで?何を“隠す”必要があるですか?」
「見られたくないのでしょう。自分の、真実の姿を」
「真実の……?」
それきり、ローデリヒはモニターを見つめたまま、喋ろうとはしなかった。
ギルベルトもピーターも、ひいてはエリザベータも、ベールヴァルトにティノも。
薄々、彼の言葉の続きに気付いていた。
逆に、ということ。
*
一階の裏口、刹那に命を絶たれるその場所で。
「うわぁぁん!まだ来るのぉ!?」
ライナは目尻に涙を溜めながら、得物のトライデントを振り回していた。
随分と相手の人数は減ったが、まだ囲まれるだけの数が居た。
淡い青の瞳でそれらを見据えて、ライナはトライデントの柄をぎゅっと持ち直す。
するとその時、背後に居た男が呻き声をあげて倒れ込んだ。
驚いた彼女が振り返ると、遥か後方に妹――ナターリヤの姿があった。
「お疲れ姉さん。後はやっとくから」
「な、ナタちゃんっ!!」
応援、何よりも“家族”であるナターリヤが来てくれた事に、ライナは顔を綻ばせた。
ナターリヤが素早く腕を走らせると、ライナを囲んでいた侵入者たちに、次々と銀の刃が突き立てられた。
どさどさと倒れていく男たちの中、たった一人が残る。
ナターリヤはそれを目がけて駆けていき、ライナの数歩前で跳躍した。
空中は受身が取れない。
当然、動揺しながらも男はナターリヤに対し発砲した――
「甘い」
まるでそうなることを読み切っていたかのように、男が構えるよりも先に、彼女はナイフで自分の身を守った。
兆弾する音が響き、ナターリヤが男の懐に飛び込む。
男は床に倒れ、彼女はその上に馬乗りになり、喉元へ切っ先を向けた。
「つまんないな。終わりか」
それだけ言うと、首にナイフを突き刺し、貫通させた。
ゆっくり、しかし大量に、絨毯の敷かれた床へと血液が染み込んでいく。
この人物が絶命するのも、そう遅くはないだろう。
「……兄さんは大丈夫かな。今更、私らの手助けなんて要らないとは思うけど」
ぽつり、とそんな事を口にしたナターリヤに、涙を拭きながらライナが歩み寄った。
「大丈夫よ、イヴァンちゃんなら。……来てくれてありがとね、ナタちゃん」
笑った姉から照れくさそうに顔を背けつつ、「別に……。そういう手筈だったし……」とナターリヤは言った。
信頼は最上階(そら)へ。
*
「うわ、出てきた」
物陰に隠れていたエドァルドは、思わずそんな事を呟いた。
長いこと前線から離れていただけに、少々感覚がついて来ていない。
そんな時に「たまには行ってきなさい」の一言で放り出されたのだから、たまったものではなかった。
カチャリ、と拳銃のハンマーを押し、いつでも出られるようにする。
「ライヴィス、無理そうだったら此処に居て良いから」
「え……?そんな、エドァルドだけに行かせられないよぉ」
僕も、と言うライヴィスの頭に、ぽんと手を乗せて、エドァルドは小さく笑った。
「良いんだよ。君に怪我された方が、何倍も嫌だからね」
言い終わると、エドァルドは敵前に飛び出した。
不意を突かれた相手は、一瞬対応が遅れ、彼の体術も織り交ぜた銃撃に面食らったようだった。
粗方の敵をのして、エドァルドは一息ついた。
「……ふぅ。なんだ、案外出来たな……」
弾を装填し直す彼の背後に、蠢く黒い影。
本人はそれに気付かず作業を続けていた。
ライヴィスがハッと息を呑む。
「エド――……」
――駄目。
言うより、行かなくちゃ――
エドァルドの横を、銃を手にしたライヴィスが風の如く駆け抜ける。
その瞳には、恐れも迷いもない。
むしろ、感情を無くしたような――
驚いたエドァルドは、我が目を疑うような気持ちで振り返った。
ライヴィスは迷わず影に発砲する。
武器を弾き、その額を貫き、そして後方に居る仲間も一人残らず撃ち果たす。
ぐらりと倒れる大男の背に乗り、跳躍してリーダーと思しき人物を壁に張り付け、下顎に銃口を突き付けた。
瞬きをする程度の時間で、彼はその全てをやってのけたのである。
「後ろから狙うなんて、恥ずかしくないの?」
ぐ、と銃口を下顎に押し込む。
この小さな体のどこに、そんな力があるのか。
奇襲ともいえる彼の攻撃に、男の頭はすっかり混乱していた。
ライヴィスは、引き金に掛けた指に少しずつ力を込め、言った。
作品名:world of...-side red- #04 作家名:三ノ宮 倖