素直じゃない
笑いを堪えて頷くと、勘右衛門もははっとさも可笑しそうに笑う。ただ、困っているようにも見えた。まあ普通困るだろうけど。
「―――勘右衛門はさ、好かれてるの分かってるのに『鉢屋』って呼ぶんだ?」
この間三郎が、「どうして勘右衛門は私を名前で呼ばないんだろう」と嘆いていたのを思い出して訊いてみた。
「えー、だっておれ、まだ鉢屋本人から名前教えてもらってないんだよ。つまり自己紹介すらされてない」
「え・・・何それ」
さすがに呆れた。
素直じゃないにも程がある。何年同じ委員会やってるんだ、ってああついこの間からだっけ。
「だからさ、勝手に馴れ馴れしく呼ぶのも変だろ?」
確かに、と頷いてから僕はふと首を捻った。
「あれ、じゃあつまり勘右衛門の方から仲良くなる気はないってことかい?」
「うん、そうだけど」
「でも勘右衛門、僕やハチと友達になったときは・・・」
確かに彼のほうから話しかけてきたはずだ、あの人好きのする笑顔をしっかり携えて。
「まあ・・・本当はちゃんと『三郎』って呼んで、こっちから話しかけたっていいんだけど」
「けど?」
続きを促してみたら、勘右衛門はふうと息を吐いて目線を上に向けた。そしてしばらく言いづらそうにしてから、
「だからその・・・おれには、兵助がいるから・・・ね」
顔をかーっと真っ赤に染めてそう言ったのだ。
「はー・・・・・・」
正直、僕はただびっくりして何も反応できなかった。兵助ならわかるけど、まさか勘右衛門がそんなことを言うとは!
「だ、だからほら、別に好かれてるからって仲良くしようとは思わないっていうか・・・・・・、あ」
「ん?」
自分の言葉に恥ずかしがっていた勘右衛門が、僕の後方を見て赤い顔のまま固まった。振り返るとそこには、件の豆腐小僧さん。
「へ・・・へーすけ、今の聞いて」
「勘ちゃぁぁぁん!!」
真っ赤な顔をして口をぱくぱくさせる勘右衛門に、兵助はがばっと勢いよく抱きついた。
「ちょちょちょ兵助、ここ廊下・・・むぐ」
まさに問答無用。
「勘ちゃん可愛い可愛い! そうだよ三郎の奴なんかにわざわざ優しくしてやんなくてもいいよ! ずっと名字で呼んでやれ、勘ちゃん!」
兵助は勘右衛門の柔らかい真っ赤な頬にひたすら頬擦りしている。
「いつものことながら、熱々だねぇ」
「ちが、雷蔵これは・・・もう兵助っ!」