学級戦争
「この火傷は痕になるよ、皮膚移植以外で元には戻らないと思った方が良い」
保健室で、保健委員ではなく自称将来の闇医者である岸谷新羅が帝人の腹に包帯を巻きながらそう言った。言うまでもなく保健委員の2人は放課後になるやデートのためにさっさと帰ってしまったためである。
「皮膚移植するなら――――」
「要らないよ。女の子じゃないし、服着れば見えないし、お金ないし」
「……まあ、本人がそういうなら良いけど」
右の脇腹は引き攣れている。内臓は無事だったとはいえ、机に仕込んでいた爆弾より威力のあるものを使ったのだから当然の結果ではあった。それなのに帝人は自力で歩いて保健室まで来たし、処置中も新羅の問いに明確な返答をする。
「あとこれは単純な疑問なんだけど、鎮痛剤も使ってないのにこうやって喋ってるってことは、委員長、痛覚ないの?」
「うん? いや、すっごく痛いけど」
「それは解剖したいなあ、神経とかどうなってるんだろ」
「僕なんかより解剖し甲斐のあるのが2人もいるじゃない」
「静雄はともかく、臨也は解剖しても反吐しか出ないよ」
「友人に対してその台詞はどうなの?」
苦笑するや顔を顰める、ということは痛覚は死んでいないということで、先の発言に嘘はないと結論づけた新羅は話題を変える。
「その2人といえば、面白いものを見せてくれてありがとう。喧嘩人形が顔面蒼白になったり反吐が嘔吐したりなんて一生見られないと思ってたよ」
「だから友人としてその態度はどうなの?」
「僕達の友情なんてそんなものだよ。君達には分からないかも知れないけど」
新羅はケロリ、と笑っていた。
「臨也がね、殉教者でもなく洗脳されてもいない人間が笑って自爆するなんて有り得ないけど化物に自傷に類する意思はない、君は得体が知れなくてキモチワルイ、って言ったんだ。静雄が珍しく怯えてるのも同じ理由だろうね、そこまで考えてないだろうけど」
「僕は弱いから多少の無茶しないと目的を達成出来ないんだ」
「その多少で自爆は選ばないよ、普通ならね」
新羅も、基本は2人と同意見だ。目の前にいる無害を装う委員長は得体の知れない者である、が、新羅としては気味が悪いという感想はない。あの問題しかない2人を実際的に負かしたのだ、どちらかといえば面白い。
「良くも悪くも奇人変人しかいないと思ってたけど、さすが筆頭、誰も彼も委員長程じゃないね」
「屋上で『人、ラブ!!』とか叫ぶ輩より変人じゃないよ」
その言葉に否定する言葉が思いつかずに笑っていると、帝人は深々と頭を下げた。
「ごめんね、僕の都合で手を煩わせちゃって。ありがとう」
「それはほら、珍しいものを見せてくれたからお相子ってことで」
「……もう何も言わないよ」
友人への対応に思うところがあるらしいが、呆れたように溜め息を吐いて、帝人は破れたシャツとブレザーを着込む。
「え、委員長、それで帰るの?」
「ロッカーにジャージがあるから、それまで着るだけ」
装備移さなきゃ、と小声で呟いているのを新羅は聞いていたが、敢えて聞かなかった振りをする。新羅にとっては彼自身と、彼の首のない恋人に危害がなければそれで良いのである。
「委員長」
「何?」
「鎮痛剤は?」
「要らないよ」
つくづく精神力の強い人間だなあ、と思いながら新羅は保健室を出て行く背中を見送った。