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よしこ@ちょっと休憩
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司祭未満/剣の音色

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 威力と裏腹な、柔らかくすべすべした感触が鼻と頬に残る。ベッドから落ちてしたたかに尻を打ちつけて、太ももの裏で皮膚を焼いたような痛みが走った。
 痛みはさておき腰を浮かすと、サトリの白い足が宙に浮いているのが見えた。顔に触ったのが彼の足の裏だと知ってカッと怒りに駆られる。
「何するんだサトリ!人の顔を足蹴にして、いくら君でも許さないぞ」
 ロランがベッドに近寄ろうとすると炎がほとばしった。あまりの仕打ちに唖然として後ずさると、炎の揺らぎの向こうで、顔を真っ赤にしたサトリが子犬のように吠えたてた。
「うるさぃっ! 出ていけ! 俺は寝る!! もういいだろ。お前のお使いは終わりだ。父上とマルタには俺が説明しとく。おつかれさま、じゃあな!」
 まるで駄々っ子のような物言いだった。
 サトリは最初から礼儀も思いやりもない態度だった。それを我慢したのは、サトリがどれだけロランとルーナのために尽くしてきたか、旅の間で彼の心根を愛しく感じたから、評価したからだ。それでも顔を足裏で蹴られ、閃熱魔法まで使われば、さすがのロランも耐えかねた。
「そうか。分かった。じゃあ君の言うとおりに退出しよう」
 サトリと同じ調子で怒鳴り返さなかったのは我慢でなく、彼に失望したからだ。
 睨みあったサトリから目を逸らし、蹴り飛ばされて乱れた服を整えてから、王子に一礼して背を向ける。後ろでかすかに堕落王子の動く気配があったが、ロランは毅然として部屋を出て行った。
「やっぱり、駄目でしたか?」
 階段を下りて客間の連なる廊下に出ると、大きな花瓶の前でマルタ王女がロランを待っていた。あまりにも兄に似た美少女ぶりに、いつもの愛らしさより腹立ちがこみあげてくる。まだ胸につっかえている怒りを深呼吸で落ち着かせて、ロランはかろうじて笑顔を作った。
 姫の後ろには背の高い偉丈夫が控えている。ロランと対照的な銀髪と明るい海色の瞳。先ほどサトリに聞かせたロランの従兄だった。ルビスの託宣に従いロトを名乗り始めたローレシア新王の代わりに、ロランの名を継いでいる。ローレシア内で二人の名前を呼称するときは、英雄王ロランと、南部公ロランといった具合に呼びわけられていた。
「ああ。残念だが、僕では話がまとまらなかったよ。少しは聞いてもらえたんだが、いきなり怒り出して……すまない」
「いえ。兄のためにわざわざ有難うございます。私たちでは話も進まなかったので、陛下のお話を兄が聞いたというだけで嬉しいです」
 金髪の王女が頭を下げる。兄とよく似た面立ちは、言葉だけでなく嬉しそうに微笑んでいた。
「陛下。それでサトリ殿下はローレシアにおいでいただけるのでしょうか?」
 決して歓迎していない、むしろ難問を抱える気鬱さを滲ませて従兄は囁く。あまり姫に聞かせたくないなという配慮と、はやく難問にケリをつけたいという希望が早口にさせた。
「ああ、それは構わない。仕事には興味があるみたいだ。興味ってほどでもないな。呼んでくれるならってところか。あいつは甘ったれているんだ。サマルトリア王とマルタ姫の話になると途端に癇癪を起して。自分は期待されていないって思いこんで拗ねているんだな」
 ロランはサトリに蹴られた鼻先を指でなでる。顔が赤くなっていないか、壁に掛けられた鏡で確認しながら、従兄とマルタ姫を交互に見た。
「ローレシアで厚遇させていただく間は、気を良くしてお勤めになられそうですか」
 斟酌のない物言いの従兄に、マルタ姫はちらりと白い目を向けた。持て余した兄でも、他国の人間にとやかく言われるのは不満らしい。二人のロランの視線をたっぷりと待たせてから、しぶしぶと頷いた。マルタも実の兄の気性は十分把握している。否はない。
「問題は、素直にローレシアに来ていただけるか、か」
 指先で顎を支えて首をひねる南部公に、マルタ姫は首を振った。
「それは問題ありません。とりあえずロラン公が兄をお迎えくだされば、あの兄は素直に従うと思います」
 姫の視線で顔を探られて、南部公が眉を上げる。ローレシア王は素直に驚いてみせた。
「それは一体、どういうことですか? 残念だけど殿下は私にも打ち解けてくださらなかった。いや、僕でなくルーナなら話は違ったかもしれませんが、僕が陛下とマルタ殿下からのご依頼で助力に参じて、ローレシアでの宣教を考えたと伝えたら非常に気分を害していた。だからサマルトリア陛下に判断をお任せしようかと思っていたのですが。ロランの事はもうサトリに伝えているが、僕そっくりの人間が迎えに行ってサトリが素直に出てくるとは、とても思えないんだけど」
「それが分からないから、こうなるのです」
 マルタ姫は頬に手を置き、顔を見合わせる黒と銀のロランを見比べてため息をついた。
 この5年ロランに相手にされないことで気を病みつづけて、すっかり自信を失って部屋に引きこもってしまったごく潰しの兄だ。たぶんロランにそっくりな南部公に丁重に扱われたらすぐにのぼせあがって部屋を飛び出すに違いない。根は単純で素直なのだ。
「無理な努力だとおもうけど……」兄の奮起を想像して胸が痛くなったが、それでも部屋にこもりきりにさせるわけにもいかない。「南部公。女官をつけますので連れて行っていただけますか? よろしくお願いします」
 南部公が瞬きしてこちらを見る。姫も無駄だと思っているのに、行くんですか?と表情が尋ねている。
「大丈夫です。兄は出てきます。ローレシアではしばらくご迷惑をおかけしますが、半年後にはサマルトリアに戻しますので、よろしくお願いします」
 期限を区切ると南部公はあからさまに肩を下げて安心した。南部公からみれば今のサトリ王子は働きもせず地位ばかり高くて我儘な厄介物だ。そんな人間をローレシアで預かって無期限で世話をするのは骨の折れる仕事だと思ったのだろう。何といってもロト三国の王子で、しかも一時期は英雄と称賛されたロト王の盟友だ。
 サマルトリアに貸しを作るのはやぶさかでない、しかし、単なる負債は持ち込みたくない。実直なローレシアの家臣の考えはマルタにもよく理解できる。だから半年後にはサマルトリアが責任を持って引き取ると口約したのだ。
 ああもう、腹が立つなぁと後ろで組んだ手に力を込めると、南部公の向こうでロランも頷いている。
 きっと思いっきり失望したんだろう。来る時にあった意気込みはロト王の中から見事に消えている。
 それもこれも、全部、サトリがロランを好きだから、ロランがサトリを生殺しにしたからだ。この持ち前の八方美人と優等生ぶりで、さぞかし兄に期待させたんだろう!
 マルタはロランを思いっきり揺さぶって兄の気持ちを代弁したかったが、人の気持ちを勝手にいうわけにもいかない。もしかしたら、もしかしたら、思い違いがあるかもしれない。
 少しでも外に触れて持ち直してくれれば、それでいい。ロランが結婚すれば兄もあきらめる。すでにムーンブルク女王との婚礼が噂されているのだ。
 姫は南部公に会釈して、右手で優雅に階段を差すと、公は何も気づかず昇っていく。勇者そっくりの男の背中を見つめながら、シーツを被って泣いているだろうサトリを思って、マルタは少し切なくなった。