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【P4】はじめからコインに裏表など

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「――何黙ってんだよ、先輩!」
 叩き砕かんばかりの勢いで玄関を開け放ち駆けこんできた完二が叫ぶ。肩を怒らせ、眉間の皺は険しく深い。彼にやや遅れて現れた直斗と雪子を視認したのは馨よりも馨の影のほうが早かった。唐突な闖入すら楽しむように目を眇め、短く喉で笑う。
「すみません、堂島先輩」
 直斗が荒い息の下から謝罪を口にしたが、馨は彼女を振り返ることができなかった。
 酷い顔をしているからだとか後輩に見苦しい場面を見せている羞恥だとか、それらしい理由は脳裏に浮上しては弾けているが、単純に、混乱しきった頭がそんな当たり前の動作すら忘れてしまっていたからだ。正面の欝金から目が離せない。
 馨のその態度を怒りととったのか、直斗はもう一度早口ですみません、と囁いた。
「……クマくんが久慈川さんを通じて僕たちにも状況を報せてくれていました。……この場で交わされた会話を、僕たちも知っています」
 いつも頼りがいのあると思っていた背中がびくりと跳ねたその肩越し、尊敬する先輩と同じ顔をしたものが唇を弓なりに引き上げるのを見た直斗が感じたのは自己嫌悪と羞恥、そしてそれらを上回る怒りだった。あれも確かに馨の一部分だという、直斗はその認識を自ら拒絶する。
 あんなものが無遠慮に馨の本心を暴き、傷つけ、侮辱するなどあってはならないことだ。馨が拒まぬのならば直斗があれの存在を否定しよう。菜々子とあれほど睦まじく雪遊びをしていた馨に二心のあるわけがない。
 懐に潜めた小銃の感触さえ確かめ、直斗は灼けつく感情を抑えられずにいる。
「……あなたは本当に先輩のシャドウなんですか? 僕にはとても信じられない」
 直斗の糾弾を馨の影は愉しげな笑声で受け入れた。
『信じられない! 別におまえが認める必要はないんだよ直斗。その意味もさ』
「あなたなんかに気安く……!」
『じゃあどういう「俺」ならおまえは満足するんだ』
 乾いた土が水を吸収するように、淡々と問い掛けるそれは皮膚の下に一瞬で笑みを隠した。いびつな表情が失せれば顔立ちは馨以外の何者でもないから、不覚にも直斗は息を呑んだ。反論を腹へ押し返してしまった。
 立ち尽くし直斗たちに背を向けたままの馨の肩に肘をかけ、あくまでも真顔のままで馨の影は直斗へ言葉を重ねていく。
『優しくて、落ち着いて、いざというときに頼りになって? そんなもん全部おまえらが勝手に後付けした「俺」だろ』
「そんなことはありません! 先輩は、」
『――花村』
 叫ぶ直斗を無視し、馨の影が気だるげに首を巡らせて陽介を呼ぶ。陽介が馨の腕を掴んだまま向けた険しい視線をものともせず、影は再び薄笑いを立ちのぼらせる。
『……俺と初めてまともに会話した日のこと、覚えてるか?』
 陽介は突拍子のない質問に眉をひそめた。そんなもの覚えているに決まっている。
「……山野アナの死体が発見された次の日だろ。チャリでゴミ捨て場に突っこんだの助けてもらったときだ」
 ポリバケツに頭からはまりこんでいた陽介を助け起こし、馬鹿にするでも笑うでもなく開口一番怪我はないかと訊いてくれたのだった。そのあと軋む自転車の後ろに馨を乗せて登校した。なんていい奴なんだと感動したのもしっかり記憶に刻まれている。
 うん、と浅く頷く仕草はやはり馨と同じだ。
『さすがに三回も無視するのは良心が痛んだみたいだな』
「は? 三回?」
『そのゴミ捨て場が一回。里中に蹴り飛ばされたのが一回。あと電信柱に激突したのが一回。初登校の朝、俺おまえが事故ったの見てたんだ』
 わざわざ指折り数えてもらっても、それはあまりはっきりとは思い出せなかった。千枝から借りたDVDを破損したこと、馨の転入時の挨拶をろくに聞いていなかったことをおぼろげに回想する。言われてみればそうだったかもしれないと、その程度だ。馨も似たようなものだろう。
 けれど影のほうははっきりと記憶しているらしかった。
『関わるのが面倒で放ってた。最悪だろ?』
 そう言ってせせら笑う馨の影へ、しかし陽介は肩を竦める。
「んなことねーよ。……てかおまえ、まさか今までそれずっと気にしてたのか」
 嘘がつけなくて意外とくよくよ小さなことを思い悩むこの影へ、陽介は思わずいつも馨と冗談を言い合って笑うそのままの、間の抜けた声を投げてしまった。
 本当にこの男は、シャドウであってさえこうも損な性格をしている。
「バッカだな、おま、んなこととさっきの話同じ比重で考えてんじゃねーっつの! 俺が申し訳なくなんだろが!」
 影へというよりも、陽介はきっと今まで忘れていたことで自責しているに違いない馨本人へ言って聞かせていた。こんなくだらないことで更に追い詰めてしまいたくないし、できればそんな記憶は今すぐ完璧に忘れ去ってほしい。
 掴んだ腕を揺さぶり、混乱と恐怖の入り混じった瞳を覗きこむ。馨と影との絡んだ視線を強引に断ち切った。
「思い詰めんなっつったよな、俺」
「花、……ああ、うん」
「大丈夫か。おまえが大丈夫っつったら俺は、……それ信じるぞ」
 馨の、嘘は下手なくせにやたらと強がる不器用さを知っている。
 それが弱さのせいだと暴いたシャドウを否定する資格は陽介にはないが、振り払えない違和感が霧のように纏わりついてくる。何かが違うと首を傾げたくなる。
「……ありがとな。大丈夫」
「……わかった」
 その違和感をはたして馨が自覚しているか。陽介の確認に僅かな逡巡をみせ首肯した親友へ問い掛けたい衝動を呑みこみ、手を離した。千枝を促し一歩退く。
「ちょっと、花村……!」
「いいんだよ。こいつが大丈夫っつったら大丈夫だ」
「でも!」
「千枝」
 白い手が激昂と強張る肩を宥めるように千枝へ触れた。珍しく厳しい表情の雪子がかぶりを振る。
「だめだよ……千枝。私たちは堂島くんを心配して、信じてあげて、できるのはそこまで」
 見守るしかないとわかっていても無力さに吐き気がする。雪子も彼に救われたのだから、何かしたい気持ちは千枝と一緒だ。馨が馨の影と戦うことを選択すれば、きっとそれを止めることなく雪子もペルソナを喚び出すだろう。けれど今、馨が戦っているのは影ではない。
 シャドウとして現れたそれと戦う以前に、馨は馨と、陽介へ向かって大丈夫だと頷いた自分自身と対峙しているように見えた。
 だとすればそこには雪子たちの力も及ばない。
 ただ彼を信じて、彼の選択を待つしかできない。
「あとは、待とう? ……ね?」
「雪子……」
「……オレぁ、アンタらみたく割り切れねぇよ」
 直斗の隣、拳を手のひらへ打ちつけ、完二はフローリングに吐き捨てるように呟く。じっと様子を窺う馨の影を下から睨みつけて奥歯を噛む表情は不穏の二文字を素直に体現している。
「先輩、腹に溜めちまうことねぇよ! そいつ叩きのめしてスッキリ克服すりゃあいいじゃねぇか!」
 我慢できるから偉いなんて小学生への褒め言葉だ。
 辛いときに辛いと言うほうがよほど勇気がいるし、嫌なものを実力で乗り越えて前進する気持ちも間違ってはいない。こんなときにまで自制を己へ強いる馨が完二にはひどくもどかしい。