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【P4】はじめからコインに裏表など

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 ことりと幼い仕草で首を傾げ、馨の影は薄笑いを浮かべる。
『菜々子が、あの子の意思で距離を縮めてきてからだ。俺は何もしてない』
 もしも菜々子が遠慮したままだったら、今のような関係にはなっていなかったはずだ。自分からは動きもせず、ただ歳の離れた従兄妹としてぎくしゃく過ごしただけだったろう。馨の影はそう指摘して憫笑を浮かべた。
『与えられれば返す。俺の行動原理はそれだけだ、他の方法なんて知らないもんな。だろ?』
「……いいかげんにして!」
 千枝の叫びが凍りつきかけていた空気を割った。
 動けない馨の横へ仁王立ちし、両手を腰にあて、憤慨で声を震わせる。
「堂島くんの声で、堂島くんの顔で、そういうこと言わないで! マジ腹立ってきた」
『俺のこと知りもしないくせによく言う。本当のことだ』
「違うもん!」
 肩を竦める馨の影をきつく睨みつける千枝の声は強い。
「だって、だって堂島くん、なんのメリットもないのにあたしのこと助けに来てくれたじゃん!」
 春、まだ千枝が雪子との閉じた世界でいびつな友情関係に依存しあっていた頃のことだ。
 マヨナカテレビの影響で姿を消した雪子を救い出すことしか頭になかった千枝は、馨や陽介の制止も聞き流し単独でシャドウの巣窟に飛びこんだ。あのとき馨たちが追いかけてきてくれなければ、千枝も自らの影に心を潰されて現実世界のアンテナに引っかかっていたはずだ。
 目を眇め、出来の悪い生徒を見守る教師のようなぬるい優しさの漂う表情で千枝を見守っていた馨の影は、やがて大袈裟なまでの仕草で手を振った。
『俺が、言い出したわけじゃない』
 そんなことは千枝も知っている。礼を言った千枝へ、あのとき馨はこっそりと耳打ちをよこしたのだ。
 ――怒ってるけど、里中を助けに行こうって走り出したのは花村のほうが先だったんだよ。あいつ凄く心配してたんだ。
「でも、あたしは信じてる」
 なんてことだろう。気づいてしまった千枝は思わず歯噛みする。
 馨はそのシャドウでさえ、むしろシャドウだからこそか、愚直と呼べるほどただ正直だ。
 だから馨は影の言葉を否定できない。なんでもそつなくこなしてみせる馨だけれど、嘘だけはつけないから、暴かれる本心を激情に任せて拒絶することすらできない。
「……堂島」
 陽介もまたそれに気づいている。
 冷や汗すら滲ませ、胸にうずまいているものを噴き出させまいとこらえている馨の腕を、制服の布越しにでもわかってしまうほど強張った腕を、強く掴む。ぎくしゃく振り向いた親友の瞳は、陽介も初めて見る強い混乱と恐怖に揺れていた。
 いったいこの世の誰が、彼を不様だと笑うことができる。
 たとえそれが抑圧下から生じた馨自身であったとしてもこの恐慌を嘲るなど許されない。
「俺が言うのもなんだけどさ……いいんだぜ、腹ん中のことぶちまけても」
 きっと同じ目をしていた。けれど陽介には馨のように耐えることはできなかった。聞きたくないことを聞かされるのが嫌で、怖くて、腹が立って、とにかく夢中で否定した。
「うん、だけど」
 こんなときでさえ馨は笑おうとする。
「……できない、それは」
 存在を認められなかったシャドウは居場所をもとめて暴れ出す。陽介自身それを引き起こしたし、これまで何度もその現場に居合わせ、それを鎮めた。もちろん馨も同じものを見ている。己の短慮が何を引き起こすかをたっぷりと思い知ってしまっている。
「堂島」
 ごめん、と馨が笑みに近いかたちに唇を歪めた。
「もう、否定するのも怖いんだ」
 絶句する陽介と裏腹に馨の影は唇に笑みをふくむ。馨を攻撃するための表情ではない、ごく当たり前の理由によって生じた笑みである。
『心配されるの、嬉しいよな。俺がここにいてもいいって言われてるみたいで』
 馨の影が発した声音はまったく馨のものでしかなかった。空虚な陽気さや神経を逆撫でる不遜もない、陽介も千枝も咄嗟に振り返って馨を確認したほどだ。
 そして、青も白も通り越し唇の赤味すら失いただ目を見開くばかりのさまを晒す友人に二度目の驚愕を浴びる。
『誰かに必要とされてなきゃ不安で、生きてる実感すらもてない。……その原因を、俺は両親に押しつけた』
「俺は……!」
 切羽詰まった声は音程を保つことも忘れていた。ほとんど反射だったのだろう、叫びはしたが馨はそれ以上続けることができない。
 人ごみで家族とはぐれて恐慌をおこす寸前の子どものような、のたうつ絶望を懸命に抑える馨を見つめる欝金は、対照的にどこまでも凪いでいる。
『ずっと訊きたくて、でも訊けなかった。俺は望まれて生まれた子だったのかって』
 薄い唇が三日月形の笑みをつくった。
『菜々子をかわいがるのはその不安を癒したいから』
 まだ小学一年生だというのに、馨の半分も生きていないのに、菜々子は堂島の仕事へ理解を示し、精一杯に家事をこなそうとしている。その小さい背中は嫌でも幼い頃の自分を連想させた。馨が物心ついた頃にはすでに両親は多忙で、休日ですら家を空けることが多かった。幼少の記憶を掘り起こしてもひとり遊びで気を紛らわせていた思い出しかない。
 けなげだと菜々子に向けた哀れみはそのまま過去の馨にも向けられていたと、利己的な愛情を正当化するなと影は笑う。
『なあ。俺間違ってる?』
 陽気な問いかけにいらえはない。