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【P4】はじめからコインに裏表など

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 流しの前に置いた椅子に膝立ちになり、慎重に野菜を洗う横顔がおかしくてつい笑みが漏れる。
 最近サラダの作りかたを覚えた菜々子は、夕食のたびに作らせるよう馨にせがむようになった。惣菜弁当の日など特にそうで、買い物カゴの重みを訝しむといつの間にかレタスやタマネギが入っていたりする。父親に家でしっかりと栄養を摂って、頑張って仕事をしてほしいのだと言う。
 まだ刃物を持たせるつもりはないが、菜々子のそういう気持ちが家族にとってとても大切だと思う。堂島も菜々子にどう向き合えばいいかわからなかった戸惑いを消し去ったようだし、きっとふたりはうまくやっていけるだろう。昼の残りの鍋へ野菜を足しながら馨が想像する堂島家の未来はあたたかい。
「野菜、洗ったよ。ザルに入れとくね」
「ありがと。じゃあ次、これ団子にして、皿に並べてくれる?」
「お鍋に入れないの?」
「それは兄ちゃんの係。菜々子は丸めて並べる係」
 わかった、と神妙に頷いた妹は、ボウルの中の鶏肉を丁寧に手のひらの上で転がしはじめた。目の高さに掲げ、曲線の歪みまで確かめている。
 菜々子が本調子になってまだ二週間も経っていない。紙のようだった顔色やひどく細い呼吸の音を馨はまだ忘れられずにいた。快癒をもちろん信じていたが、それでも脳裏に彼女の死を想像したことがないといえば嘘になる。現実に一度菜々子は呼吸を止めた。あのときを思い出すといまだに手が震える。
 幸い後遺症もなく退院でき、今はすぐ隣で笑顔を振りまいてくれる菜々子は、冬休みの間ぴったりと馨にくっついて離れたがらない。風呂にまでついてきて、慌てて居間に戻したこともある。
 自分が菜々子くらいのときはどうだったろうと考えてみるが、十年も前のことだから切れ切れの記憶ばかりで役に立たない。きちんと兄らしく振舞えているかは怪しいもので、それでも慕われていると思えばやはり嬉しい。自信のないなりに、せめて与えられる好意のぶんは菜々子へ返してやりたかった。
 丸めた団子を一列に皿へ並べていた菜々子が、玄関のひらく音にぱっと顔を上げる。
「お父さん、帰ってきた!」
 最近は大きな事件もないので堂島の帰りも早い。足立の件ではさすがに気落ちしているようだが、台所に顔を出して菜々子に向ける笑顔は自然で穏やかだ。
「おかえり!」
「おう、ただいま。お、鍋か。今日」
「おかえり。うどんも買っといたけど食う? 雑炊やる?」
「うどんは明日でもいいだろ。雑炊にしてくれ、雑炊」
 堂島が台所の流しに伸ばした腕を引き止め、馨は軽く睨みつけた。
「手洗うなら洗面所。飯作ってんじゃん今」
「お父さん、菜々子がだめって言ってもいっつも台所で洗う」
 菜々子も馨に加勢して頬を膨らませると、堂島は盛大に苦笑して両手を上げた。ゆっくりと首を竦め、その格好のまま方向転換する。
「やれやれ、菜々子も誰かに似て口うるさくなっちまったな」
「遼太郎さんに似てきたってこと? 叔母さん似なんじゃなかったっけ菜々子は」
 しれっと言い返すと後頭部を軽く小突かれる。振り返れば堂島は笑いながら廊下に出ていくところだった。
「俺、明日朝から出かけるから。たぶん遅くなる」
「彼女か?」
「花村とか完二とか。調べ物」
「色気ねえな。わかった、菜々子は任せろ」
 ひらりと振られた手も廊下に消えた。すぐに水音が台所にも響いてきて、菜々子と目を合わせて笑う。
 こうした何気ないやりとり、堂島家で過ごす一日一日がとてもいとおしい。可能ならば両手にかかえてずっと慈しんでいたい。
 雪が溶ければこの町を去らなければいけない。
 
 
 
 いつものようにジュネス屋上のフードコートに集合し、いつものように家電売り場で一番大きなテレビから中の世界へ落ちる。
 いつもの広場の周辺は、やはり相変わらず吐息が飽和したような、ぼんやりとした霧に満ちていた。クマからもらった馴染みの眼鏡をかければ視界はひらけるが、やはりすっきりしない。
「ここの霧、いつんなったら晴れるんスかね」
 完二が顔をしかめる気持ちもわかるほど、テレビの中の世界は何も変わらない。クマにはすまないが、馨はアメノサギリを倒せばこの世界も消えてなくなると思っていた。それが平然と存在していること自体馨には驚くべきことだ。
 主があって世界を造ったのではなく、世界があってアメノサギリを創ったということなのだろうか。
「それも気になるけど、今はホントに新しい場所ができてるかの確認クマよ」
「オッケー。ちょっと待っててね、探してみるから」
 着ぐるみ姿でちょこまかと左右に揺れるクマへ明るく頷き、りせが広場の中心に足を広げてまっすぐに立つ。長い睫を伏せ、祈るように胸の前で手を重ねる。
「――始めるよ、カンゼオン」
 呼びかけに応え、光の粒子がたおやかな女の手をなしてりせの頬に触れる。細い首をふらふらと左右へ傾がせて探知をはじめたりせのペルソナは、風に揺れる百合を連想させた。探索に特化してまったく戦闘能力をもたないカンゼオンはその姿形も儚げで美しい。
 りせの探査が終わるのを待つ仲間たちの表情は硬い。テレビの世界に新たな空間が生まれるという事態は、現実世界の誰かがまたこの世界で犠牲になるかもしれない不吉な可能性を孕んでいるのだから無理もなかった。春から何度も挫折しかけ、道を誤りそうになりながらなんとか真相に辿りついたと思っていたのに、再び不穏が霧の奥で芽吹こうとしている。
 ……なぜ犯人がいないのに事件だけが起こるのだろう。
「堂島、口。すんげーへの字になってんぞ」
「え。……ああ」
 はっと顔を上げる。陽介が肩を寄せ、他の仲間の気を散らさない程度の声量で囁きかけてきた。馨が振り向くとまるで普段と変わらず、にっと歯を見せて笑う。暗い顔をしていれば千枝たちが不安がる、と指摘されて目を伏せ、すると陽介は気楽な仕草で馨の背中を叩きとばす。
「思い詰めんなよ、別におまえのせいでこうなったんじゃねーんだし」
 友人の思いやりに感謝しながら、馨は背中の痛みを苦笑でやりすごす。小さくかぶりを振った。
「そういうわけじゃないって。ただすっきりしないと思ってさ」
「まあ、な」
 絡まった思考を白状すると陽介も渋い顔をする。考えていたことは馨と同じだったようで、言葉を重ねる必要もなくふたりの目には同じ困惑の色が滲んだ。クマの思い過ごしであってほしいと、やはりその願いも一致する。
 それは周囲の、難しい顔をしてりせを見守る仲間たちも同じなのだろうが。誰も好きこのんで化け物と戦いたくはないし、他人の心を土足で踏みにじる行いならばなおさらだ。
 しかし馨たちの思惑と裏腹にりせが告げるのは、クマの意見を裏付けるものだった。
「……あったよ。知らない場所、本当にできてる」
「ほ、本当クマ!?」
 でも、とりせの声にはためらいがある。
「なんか変な感じ。全然、そこにいるはずの人の気配も、シャドウの気配もないの。ただ空っぽで、ひんやりしてる」
「空っぽ? なんもいないの?」
 千枝が首を傾げる。りせはやはり曖昧に頷いた。
「なんだろ……目隠しして冷凍庫に顔を入れてるみたいな感覚」
 仲間たちと顔を見合わせる。