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【P4】はじめからコインに裏表など

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 犯人がいないまま起きた事件、被害者すらいない。ありえないことばかりが積み重なってできた現実は眼前の霧よりも不確かな、掴みようのないものだった。解決しようにもその対象が不明瞭だ。
 ジャージのポケットに両手を突っこみ、千枝が力ない笑みを浮かべる。
「えっと……どうする? 行ってみる?」
「でも千枝先輩、危ない感じも嫌な気配もしないよ。放っておいてもいいんじゃないかな」
「……いえ。確認だけでもするべきでしょう」
 眼鏡を押し上げながら直斗はゆっくりとした動作で馨たちを見回した。
「昨日も言いましたが、僕たちはこの世界の元凶であるアメノサギリを倒したんです。それなのになぜ新しい場所が生じてしまったのか。調べておいたほうがいいと思います」
 そうだね、と頷いたのは雪子だ。
「りせちゃんを疑うわけじゃないけど、もし落ちた人を見逃していたら大変だし。一応行ってみよう?」
「行くんスか、先輩」
 仲間の視線を受け、馨は一度深呼吸する。何かを決めるときにおこなう癖のようなもので、とりあえず形だけでも落ち着くことができる。
 静かに息を吐き出し、頷いた。
「行こう。りせ、案内して」
「はい、先輩!」
「っしゃ、行くか!」
 陽介が沈みかけた感情を無理矢理引き上げるように明るく叫んだ。
 
 
 
 りせの先導はさほど長いものではなかった。
 鉄板の上を歩いていた足はいつの間にかアスファルトを踏みしめ、周囲には明らかに人工的に整えられた緑が繁る。今まで体験してきた世界とは違い、現実とほとんど変わらないごくありきたりなその風景に逆に気をとられきょろきょろと遊歩道らしい道を歩く一同の前に、やがて近代的な建造物が現れる。
「……マンション、だよね?」
 千枝の呟きに返事がないのは、他の何にも見えないからだ。よく磨かれた自動ドアの向こうに広がるエントランスには革張りのソファーや観葉植物、エレベーターのドアまである。赤黒くどろどろとした影を吐き出すいかにも不吉な入口は、中に誰の気配もなかったというりせの言葉と関係があるのか、この場所には見当たらない。
 シャドウの鳴き声や気配も、やはりないようだ。ガラス越しに内部を透かし見て陽介が首を捻る。
「なんだこりゃ。中入ってみっか、堂島?」
「――待って、見つけた! 何かいる、この上」
 緊迫したりせの声が背後を振り返りかけた陽介の動きを止めた。両手でこめかみを支え、りせは目を閉じて懸命にその気配を辿っている。
 やがて細い眉が違和感に震えた。
「……え? ちょっと、この感覚……」
「――俺がいた?」
 瞠目したりせの視線の先では馨が笑っている。
 ついさっきと同じように、けれど意味合いは決定的に違う視線を浴び、馨は乾いた笑いをこぼした。平常を装う顔が僅かに青ざめている。
「ここ、俺んち」