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【P4】はじめからコインに裏表など

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 生田目以上に強烈な視る力をもった一般人などいてたまるものか。陽介にふざけるつもりはないようだが、馨はげんなりと嘆息する。
「どんな魔王だよそいつ……逆に会いたいよ、俺なんかにこんなに興味もってる奴」
「お? もし会えたらどうすんの? 堂島くん」
「友達からお願いします! ってか?」
「まさか」
 心臓の早鐘は相変わらずだが、頭の芯はようやく冷めてきた。深い呼吸をしてから左右の友人へにやりと笑う。
「ごめんなさい、しかないでしょ」
 
 
 
 他はすべて新品同然の白を晒していたのに、八階角部屋のドアプレートにだけはゴシック体で堂島の二文字がはっきり記されていた。
「当たりかな」
 虚構の世界とはいえほぼ一年ぶりの帰宅になる。
 奇妙な感慨を抱きながら馨が手をかけたドアは、他の部屋がそうであったように訪問を拒むことなくあっさりとひらいた。乾いた冷気が肌を粟立たせる。
 確かにりせの言っていたとおり、内部はまるで冷凍庫のように冷えきっているらしい。
 玄関に踏み入り、馨はふと後ろで戸惑うふたりを振り返った。
「……靴脱いだほうがいいと思う?」
「いや知らねーよ……」
「あ、でもスリッパないのか。落ち着かないな、自分ちに土足であがるの」
「キミってさ……ほんと、余裕あんのか天然なのか紙一重だよね……」
 そうかな、と馨は薄く笑って、千枝にはそれが少し寂しい。
 さすがに不謹慎だと思って言えずにいるが、千枝はさっきマンションの入口で動揺する馨を見たときほっとしたのだった。
 陽介が指摘したように、馨はどんな辛いことがあっても、ぎりぎりまで溜めこんだそれを自分だけで処理したがるところがある。今回も冷静を己に課して混乱を呑みこもうとするかと思ってしまったから、千枝たちの前で取り乱してくれたことや、彼が我意を通して探索メンバーを決めたこと、そこに千枝が組みこまれていたことが嬉しかった。
 もっと甘えてくれればいいのに、と思うのだ。大切な友人の窮地を見過ごせるほど千枝の器は小さくない。
「じゃ、……行こう」
 ためらったわりにあっさりと廊下へ上がった馨は、しかしさすがに強張った顔をしている。千枝は突然現れた自分のシャドウと対峙することになったが、初めから自分のシャドウが待ち受けているとわかっている場所に向かう馨の心境はどんなものなのだろうか。同じくらいの嫌悪感や、もしかすると千枝以上の逃避願望があるのかもしれない。
 それでも前進を選ぶ友人の潔い強さが千枝は好きだ。
「よぉぉっし! ご対面だね!」
「行きますか、相棒!」
 力強く拳を掲げる千枝に、馨は苦笑して頷きを返した。肩にのしかかる不安や困惑を払い落とすように気安く触れてくる陽介とも視線を交わし、廊下の突き当たりにある擦りガラス入りのドアを開ける。瞬間背筋が震えたのは寒さのせいに違いない。
 ドアの向こうはリビング兼ダイニングだ。ソファーやテレビ、テーブルの位置も現実のそれとまったく同じで、自分でも安堵か嫌悪かわからない吐息が漏れた。
 部屋の右端からぐるりと回した視線をキッチンで止め、馨はきつく唇を噛む。――そうしないと叫び出してしまいそうだった。背後に千枝と陽介が息を呑む気配を感じる。まとわりつく冷気が緊張を孕んで僅かに熱をもった。
 片付いたシステムキッチンのシンクに片手をかけ、こちらに背を向けて、面白味のないブレザーとスラックス姿の少年が喉を反らしている。ガラスのコップを傾けて水を飲んでいる。アッシュグレーの頭が嚥下のたび少し揺れた。
 馨たちが見守るなかで少年は水を飲み干し、シンクにコップを置く。かつ、と甲高い音が不愉快に耳朶を刺す。
 少年はまったく緊張感のない仕草で振り返ると、シンクへ後ろ手をつき馨へにっと笑った。欝金がかった黄の瞳は視線を逸らさないし、馨にも逸らさせない。いつの間にか握りしめていた拳が震える。
『よ。俺』
 馨と同じ顔で、馨とは違う笑顔を浮かべ、そのシャドウは親しげに目を細めた。
 
 
 
 おお、と場違いな感嘆を漏らしたのは千枝だった。
「今まで見たシャドウみたいに変な方向にはじけてない……」
 纏う雰囲気こそ異なっているが、馨の影は千枝自身や他の仲間たちのそれのように、何かを主張したり暴れたりといった不穏な真似をする様子はない。あまりにも落ちついているから、そのままの馨が何かの拍子に分裂したようにも見える。
「ほんとに裏表ないんだ、堂島くんって」
 感じ入った呟きを聞き拾い、馨の影は短く笑みを吐き出す。
『――って、思われてるってさ。よかったじゃん』
 ほとんど睨みつけるようにしている馨に対し、馨の影はくつろいだ表情を崩さずにいる。きちんと喉元まで絞めていたネクタイを邪魔そうに緩め、それはシンクに凭れていた体をゆっくりと起こした。
『裏表がない? そりゃそうだ。そもそも中身が空なんだから』
「……おまえ」
『否定できるか? なら言ってみろよ。おまえに一体何がある? 「俺」でも知らないおまえがどこにあるって?』
 我は汝、真なる我、だ。
 歌うように呪うようにそう呟き、馨の影はいっそ優しげでさえある微笑を浮かべた。無言で凝視する馨の正面に立ち、欝金の双眸を瞬かせる。
 馨に対しての口調は馴れ馴れしく、そして同時にどことなく空々しい。やけになって陽気を装っているような捨て鉢の明るさが見え隠れしていた。
 奇妙なシャドウだ、と陽介は眉をひそめる。
 感情の昂ぶりをみせないのはいかにも馨らしいが、己自身に対してまでそうする意図はなんなのか。不安はあるものの、影に合わせて馨も落ち着いているのが陽介を安堵させる。
 ……陽介からは、青ざめて唇を噛みしめる馨の表情が見えない。
『……なあ。菜々子が快復してよかったよな、本当に。死ぬかと思ってたから』
 唇に笑みを刻んだまま、馨の影がふと目を伏せた。白い顔に沈痛な影が落ち、それはまるで去年の病院で馨がみせた表情そのものを再現する。
『怖かっただろ。……あの子が死ねばまた空っぽの俺に戻っちゃうもんな』
 瞠目し、ひゅ、とするどく冷気を吸いこんだ馨を見つめ、馨の影は満足そうについと唇の両端を持ち上げた。明るい声は愉悦に輝き震える。荒れさざめく馨の胸中などとっくに察していると言わんばかり、その笑みは深い。
 噛みしめた唇から鉄の味が広がる。
『――俺は菜々子を守りたくて必死になってたんじゃない』
 対照的ににやにやと笑み崩れた唇から、馨の影は押し殺した囁きを吐き出した。
『菜々子を通して過去の自分を守りたかっただけだよな』
 目元は穏やかに笑っているくせ、その口元はいびつに歪んでいる。馨が目を背けないものとして存在を無視していた暗闇は、そうして置き去られているうちにひどく醜悪な表情を覚えてしまった。言葉だけではなく、向けられたその笑顔すらも耐えがたい痛みを馨へ植えつける。
 返す言葉が何も見当たらないのがなお痛かった。
 背中に陽介と千枝の視線を感じながら目を閉じる。飽和した羞恥が恐怖へと変化しつつあった。
「……そうだな。菜々子に俺は、昔の俺を重ねて見てた」
『でも可哀想だって思ってただけだ。覚えてるか? あの子をかわいがるようになったきっかけ』