人形遊びは嫌い
折原はヤクザ屋と何かの用事だと言い残し、首を遊んだまま片づけもせず、すぐ戻るからと出て行った。広い事務所に、波江と、生首だけが残される。しんと空気が耳鳴りする。仕事は山ほどあって、まだ昼も過ぎたばかり、帰ってしまう訳にもいかず、出来る限り無視を決め込み、書類を崩す作業に戻る。書類ばかりの部屋で、乾燥した指と、足音ばかり。音楽でも流そうかと思ったが、気に入った曲があるでもなし、結局耳にするのは空調と耳鳴りのみ。無いものと扱っても、やはり視界に映る影からは逃れられないものである、何度も目につく首が、波江の神経を苛々と煽る。
彼女の周りの、大切にせよ大切でないにせよ、どんな男だって、本来ならば波江を見てしかるべき男たちは皆、首ばかりを重宝した。波江は首の付属物のようだった。木製の机の上に、転がった意志の無い有機物。その瞳が開く未来の瞬間を、彼女は静かに恐怖していた。波江が知らない生首の瞳の色が、もし青色ならば、その奥には、きっと捨てた少女がいると、本能のままに不安であった。馬鹿馬鹿しいと否定するには、資料も実験も足りない。確認するまで結果は不明だ。シュレディンガーの猫のように、猫は即ち彼女であり、少女であり、瞳であった。猫はまだ観測されない。ならば、観測してしまえば結果は自明なのではないか? 真に不愉快なのは、解法が示されているのに、解を出さない状況なのではないか? 磨滅した神経は、冷静な彼女を取り乱させた。