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人形遊びは嫌い

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 空虚な部屋には波江と、首しか存在しなかった。それは悲しい出来事である、どうしてか波江はそう感じた。脳裏にちらつくのは、暗い和室で、人形と共に残された映像の残滓である、振り払っても焼きついた光景から、情景が揺らす気持ちの不安定さから、咄嗟に、逃げるように、波江は首に縋り付いた、字のごとく、まさしく縋り付いたのだ、手の中で、首は確かに鼓動している、微かな呼吸が乾いた指を湿らせる、まるで死体を扱う様に、性急に解を求めだそうと、波江はその右の目蓋を親指で押し上げた。
 見えた答えに、はっと波江は息を漏らした、長めに切りそろえた女の爪が、首の滑らかな皮膚をゆがませ、張力を限界まで引きつらせ、やがて動かない首の、頬から流れた血を感じる。はたして、瞳は、青色であった、波江は開いた片目の、目蓋の向こうの青色の、その奥に映る自分を見ていた。そこにいるのは、取り繕った無表情を、怯えるままに震わせた、昔と変わらぬ少女であった。捨てた少女はそこにいた、波江がずっと背負っていた。
 指に伝う血に対処もできず、そのままの状態でいかほど居たのであろう、扉が開く音さえ彼女は気付かなかったから、よほど参ってしまったのであろうか、それにはふらりと帰ってきた折原が珍しくも驚いた。何してるの波江さん、いつもよりは軽薄でない言葉の、何してるの、一部だけが波江の正常でない脳に届いた。何してるの、かつて少女がいたずらを見とがめられた時の、背徳にまみれた少女と今の波江は同じであった。彼女より、男たちはずっとずっと首を優先してきた。悲壮な彼女に気付きもせず、哀愁を捨てた変化にさえ気づかず、今度は孤独を取り戻した悲しみさえ無視されて、男は、折原は首に駆け寄るのだと、波江はいつしか泣いていた。それはおそらく今まで泣けなかった人生全ての涙であって、捨てた少女も今の波江もすべての年齢の、すべての瞬間の思い出が涙を流していたのだった。
 何してるの波江さん、折原は繰り返して、常とは違った雰囲気で、首へ、波江へ近寄った。足取りさえも重かった。叱られるのだと、少女の波江が怯えたままで、こわばる指が更に血を流す。折原の、伸びた手の、向かう先は首なのだと、彼女は信じてやまなかった。それは今まで首に敗北し続けた女の傲慢であり、醜悪である。波江は自らの瞳を硬くつむる、目蓋の裏でさえ、恐怖がはびこって、捨てた少女が泣いていた。少女はあやされたかった、慰めが欲しかった、温かい手が欲しかった、無機質な人形も、有機物の生首も、青い瞳はなおさら要らなかった、彼女は父が欲しかった、母が欲しかった、捨てた家族が欲しかった、与えるでない与えられる愛情が欲しかった、軽蔑し、捨てた全てを、一番初めに捨てた少女の自分はずっとずっと欲しがっていた。
作品名:人形遊びは嫌い 作家名:m/枕木