鬼の恋
銀時の言葉に土方がはっと顔を赤くした。そんなつもりじゃぁとつぶやく土方から強引に新八をとりあげてさっさと歩く。土方があっと声を上げた。
「送ってやるからこっちに・・・」
「依頼主の店にけえるから。ほら、大丈夫だからあっちいけ」
シッシッと口で言って足で蹴る仕草をして土方に背を向けた。近くの店に着ぐるみを着た万事屋の面々が入っていくのを土方は見送るしかなかった。
「見回りに戻りますぜ、土方さん」
主役がいなくなったことですっかり人垣も消えたが土方はまだしばらくその店の前でじっとたたずんでいた。
「本当にすいませんでした」
銀時に負われながら新八がしきりに謝る。今日の手当はもらえるはずはなかった。次の仕事も断られてしまった。
「しょうがねえよ」
やる気のない声の銀時に神楽が続く。
「しょうがねえよ、ダメガネだからナ」
定春と一緒に歩く神楽がくっちゃくちゃと口を動かしながら新八の背中を叩いた。
「すみませんでした」
小さい声でつぶやいて銀時の背中に顔を埋めた。
「もういいから、鼻水とかやめてくんねえか」
背中がうっすらと湿ってきたことに銀時が苦笑する。
「もうすぐ道場だから」
そういわれて新八がはっとした。長い日が陰りうっすらと赤く空を染めて来た事に今気がついたようだった。
「姉上を送っていかないと!」
その言葉に銀時がふぅっとため息をつく。
「今日は俺と神楽で送ってやるから、お前は寝とけ」
門の前まで来ると一人の男が目に入った。その隣にはお妙が一緒に立っている。銀時の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「新ちゃん!」
心配そうに駆け寄っていたお妙を近藤がじっと見つめる。
「大丈夫なの?早く家に入って横になりなさい」
「もう平気です。遅くなってごめんなさい。さあ行きましょう」
銀時の背中から強引に下りる新八の背中をお妙がそっと撫でた。熱があるらしいのが手に伝わってくる。
「今日はいいの。ゴリラと一緒に行くから」
そう言って近寄ってきた近藤のほうに顔を向けた。近藤の顔が苦笑している。
「今日は俺が送り迎えするから安心しろ、しん・・」
「姉上は僕が送ります!」
近藤の言葉を遮って下を向いたままの新八が大声を出す。お妙が困った顔をしている。
「足手まといなんでぃ」
近藤の後ろから突然声が聞こえた。もう良く聞き慣れたあまり嬉しくない声だった。新八は声のする方に向かってにらみつける。
「弱ぇえ上にそんな体ではっきり言って邪魔なんでぇ」
声がどんどん近づいてきたかと思うと新八に衝撃が走った。
「何するネ!」
素早い動きに反応したのは神楽だった。が、新八から一番遠くにいた神楽にはそれを防ぐことが出来なかった。新八はゆっくりと地面に向かって倒れていった。
「おい総悟!何をするんだ」
一番近くにいた近藤にも沖田の突然の行動に何も出来なかった。近藤がもう一言言おうとした瞬間に神楽が沖田に殴りかかっていた。あわや、の所で銀時が神楽を押さえた。
一部始終を見ていたお妙の顔色がさっと青くなった。
「さあ、あねご、行きやしょう」
ぐっとお妙の腕をつかんだ沖田が新八の方に行こうとしたお妙を引っ張った。
「遅れますぜ。あのガキはあっちの旦那にまかせときゃあいい」
沖田はあっけにとられていた近藤をも促した。
「ほら、近藤さんも」
あまりに強引な沖田に、強くみぞおちを殴られ倒れ込んだ新八を残してお妙はその場を離れるしかなかった。
その夜は新月だった。
「ありがとうございました」
「おさきにー」
店や店の奥の方にいた人々が少しずつ消えていく。
お妙はここ最近そばにいた弟の姿を探して、ため息をついた。
(そうだわ、今日はいないのね)
ボーイはもう片付けを始めている。沖田は先に帰ったが近藤が外で待っているはずだ。倒れたと聞かされてびっくりしたし、背中をさすった時いつもより熱かった。しかも最後は倒れた所しか見ていない。心がザワザワとして弟に早く会いたいと思っていた。手早く支度をして外に出る。
歌舞伎町の明かりが消える頃、本来なら明るく見えるはずの夜道は暗く、人の姿は動いているか目をこらして見ないとなかなか分からない。見回してみたが近藤の姿は見えなかった。
「ゴリラ、ほんと、役に立たないわ」
はぁとため息をつきさっさと帰ろうとする後ろから大きな声が聞こえた。
「お妙さん!待って!や、こっちの話、今行くから代わりに誰かよこしてくれ」
携帯を手にしながら慌てて走ってくる近藤の声を無視して足早に歩く。
「ちょっと!今誰かつけますから!あ、誰か一人でも二人でも・・」
鬱陶しくなったお妙は近道になっている小道に入っていった。一瞬お妙が視界から消えた事で近藤が慌てた。嫌な予感が近藤の背を走った。
そして近藤の嫌な予感は大抵的中する。
「何!?」
せっぱ詰まったような高く鋭い声が暗闇から響いた。近藤が腰に下げた刀に手をやりながら声のする方に飛び込んでいく。新月が恨めしいと思ったのは視界が暗闇に慣れないためだった。路地にはいるとすぐにお妙の明るい着物の色が目に飛び込んだ。目をこらすとその後ろに大きな男が立っていた。
「!」
刀を振り上げようとしたが大男はお妙を盾にして近藤の方に向いていたため、そのまま立ち止まるしかなかった。と、突然大男から声が上がった。
「うぐっ、このクソアマ!」
すぐにゴンという音がした。
「きゃっ!」
甲高い声が聞こえたと思った瞬間、近藤の視界いっぱいに男の体が現れた。
「お妙さん!」
倒れたお妙に駆け寄ろうとした近藤の腹に一撃が入った。不意に体が向かっていた方向と逆に飛ばされる。近藤の視界にうずくまっているお妙の姿が入り込む。カァッと頭に血が上って抜いた刀を大きく横に振った。
ザッ
きれいな軌道を描いた切っ先に驚いた男が後ろにさがった瞬間、そのまま近藤は大男めがけて飛び込んで刀を突き刺した。動きに無駄なところが無く、大男は近藤の素早い動きに対応できずにその場に倒れた。
「お妙さん大丈夫ですか?!」
倒れていたお妙に気を取られ、物陰にいた人物に気がつかなかった。ざぁっと流れ込んだ殺気に近藤が顔を上げると、肩に激痛が走った。
「近藤、か」
背筋がぞわりと粟立つ。
暗闇の中にぼんやりと人影が見えた。
口元だけがやけに紅く見える。
「死ね」
言葉に反応してとっさにお妙をかばおうと下にかがみ込んだ。もう一度肩に激痛が走る。やられると思った瞬間。
「近藤さん!」
自分の体がぱぁっと明るくなった気がした。後ろの方から聞き慣れた声が届く。
「三番隊!裏口固めろ!」
人が走る音が近藤の耳に入ってきた。体の下にいるお妙からううっとうめき声が聞こえた。
「お妙さん・・・」
その声に反応するように小さく新ちゃん、と声が聞こえた。近藤が新八の顔を思い出した。
「すまん・・・新八君」
そうして近藤はその場から一歩も動けなくなった。
病院へ先に着いた新八は受付の前でもどかしそうに名前を言い、指を差した方に走っていくと、部屋の前の長いすで肩に隊服を羽織っただけの近藤が座っていた。そしてその前に土方、沖田が立っていたのが見えたはずだった。