鬼の恋
しかし新八がその人物に声をかけることはしなかった。近藤と土方は新八を真っ直ぐ見つめ、沖田は横を向いていた。銀時と神楽は先に着いていた新八の後ろを追う様にそこにたどり着いた。
「姉上!姉上は」
ちょうど中から出てきた看護士は大声を出す新八に向かって少し眉をひそめ、しいっと声をかけた。
「志村さんですね。大丈夫ですよ。今は眠っているだけです」
そう聞かされてほっとする新八に近藤が近づいた。肩の白い包帯は隊服で隠れている。
「新八君、すまない」
新八ははっとそちらを向くと間髪入れずに重心を移動させ近藤めがけて殴りつけた。拳をよけなかった近藤が横に飛ぶ。肩にかけてあった隊服が脱げ包帯を巻いた肩があらわになった。
その場にいた人物の動きは止まっていたが、一人だけ素早く動いた者がいた。
「なにすんでい!このくそガキ!!」
新八に向かった沖田が刀に手をかけた。それを見た土方が慌てて動き、沖田の手をしっかりと押さえ込んだ。
「あんたが・・・あんたがいたからじゃないのか!」
沖田の事を無視する様に新八が近藤に向かって怒鳴ると目から大粒の涙をぽろぽろと流し始めた。近藤は立ち上がって黙って頭を下げた。顔を真っ赤にしている。沖田を抑えている土方は新八をみつめていた。
「僕が行けば良かったんだ」
悔しげに唇を噛み、下を向く新八の様子を見て銀時が後ろから肩を叩く。
「気が済んだか?さあ、姉ちゃんとこ行ってこい」
そう言って万事屋の三人は病室へと入って行った。
バタンという音が聞こえると同時に沖田は近くにあったゴミ箱を思わず蹴り上げた。
「だいたいあいつが弱ぇえから!何が僕が行けばでぃ!情けなくぶっ倒れてたくせに!近藤さんに迷惑かけやがって」
赤い顔をした沖田が普段見せない怒りをぶつけ、怒鳴り散らした。近藤は沖田の肩をぽんといなすように軽く叩いたが、沖田はそんな態度の近藤を咎めるように言葉を続ける。
「怪我は近藤さんの方がひでえのに!」
「やめろ、総悟」
近藤が鋭く言葉をかけると沖田は唇をかみしめて首を振った。
「察してやれ。お姉さんが怪我したんだ。お前なら分かるだろう?」
そう近藤に言われた沖田の体からがくりと力が抜けた。
「行くぞ」
近藤に促され、黙っていた土方が歩き出す。沖田は扉をにらみ付けるようにして立ち止まっていたが、近藤にぽんと背中を押されしぶしぶその場を後にした。
最後にもう一度倒れたゴミ箱を派手に蹴り上げて沖田は足早に廊下を歩いていった。
「一週間も・・・」
騒ぎがあった次の日病院で新八が土方と向き合っていた。近藤はすぐに職務に戻らなければならなかったので見舞いに来られない事を、土方が代わりに詫びてその後の話だった。
「とりあえず、一週間だ。ここなら警備がしやすい。いくら要塞のようだとはいえお前のうちは広すぎるからな」
ロビーの端にある灰皿の前で私服を着た土方が新八と二人きりで話をしていた。
「だからって」
「不便なのは申し訳ないと思っている。しかし犯人が単なるチンピラでないと分かった以上またお姉さんが狙われないとも限らない」
近藤が斬りつけた相手はただのチンピラではなかった。春雨の中でも腕のたつ者で近藤を狙ったのかお妙を狙ったのか、まだはっきりと分からないと土方は素直に話した。新八はしぶしぶうなずいた。
「・・・今度はちゃんと・・・」
「分かってる。早々に警護から手を引かせたのは間違いだった」
短時間の間にたばこの吸い殻がもう四本も灰皿に乗っている。新八はじっと灰皿を見つめていた。
「分かりました。姉上には」
「お前から言って欲しい。俺たちが何を言っても聞きそうにないからな」
今回のことで一番ショックを受けたのはお妙かもしれないと新八は思っていた。ここだったらまだ落ち着いていられるかもしれない。
「分かりました。そうですね、家よりいいかも」
「ありがとう」
「絶対に捕まえてください」
新八は頑固そうな瞳を真っ直ぐ土方にぶつけた。土方は手にしたたばこを灰皿に押しつけるとすっと立ち上がった。
「もちろんだ」
そう言ってその場を後にした。
病室に戻るとお妙がベットの上に座っていた。着替えをして片付けをしている。
「姉上」
「あら、新ちゃん」
慌てて近寄る新八にお妙はにこりと微笑んだ。
「何してるんですか!」
「もう大丈夫だから家に帰ろうかと思って。ここのお食事薄くて」
お妙の頭に巻いた包帯をみて新八の心がギュッと縮んだ。
「お医者さんはもうしばらく入院だと言ってました」
嘘は言っていない。土方が病院側に頼んで入院を延長させていた。一般の入院患者にも真選組の隊士が混じっているとも聞かされた。
「良い休暇だと思って、ね、姉上」
ひどく優しく言う新八の顔をじっと見つめてふっとため息をついた。少し微笑んで荷物から手を離した。
「そうね。しばらくここでのんびりしましょうかしら」
新八の顔がぱっと笑顔になったのをお妙はそっと見つめた。
夕方になると秋の気配が漂ってくる。もう通い慣れた病院の道を歩く新八の頬に涼しい風が当たってくる。
そんなある日。
「新ちゃん、珍しい人に会ったわよ」
近藤が送ってくる果物を剥きながらお妙は楽しそうに話し始めた。リンゴは芯が少し見えている。どこを食べるのだろうと新八がぼんやりと眺めた。
「え、芸能人とか?」
「ふふふ、違うわ」
立ち上がると新八を促すように入り口へと歩き始めた。
「まあ気がつくかどうか分からないけど」
個室が続く廊下の一番端に名前のない部屋があった。お妙は何を気にする風でもなくそこのドアを開ける。
「こんにちは」
ベッドの上に座って本を読んでいる女性が目に入った。お妙の顔を見てはにかむように笑った。
「お妙さん」
「調子はどう?」
お妙が新八にその女性を紹介した。とても不思議な紹介の仕方で。
「おはなさん、って言うらしいの。でも本名じゃないんですよね」
そう言って二人でふふふと笑っている。謎かけのような会話に新八が女性の顔をじっと見た。
「すいません、どちらのおはなさんでしょうか」
くすくすとした笑いが起こる。
「あの時絡まれていた人よ」
あの時、そう、あの時か、と新八があっと声を上げた。
「大丈夫だったんですか?っていうか、もしかしてあなたもあいつらに」
「ごめんなさいね、すぐにいなくなったりして」
新八がほっとしているとお妙が少しだけ真面目な顔になった。
「春雨に追われているのは確からしいわ」
春雨という言葉を最近よく耳にする。その言葉がお妙の口から出てくることに新八は少しの不安を覚えた。
「真選組に警護して貰ってるんですか?」
お妙同様命を狙われているかもしれないと思えば自ずとそうなるだろう。
しかし。
「真選組には絶対に言わないで下さい」
おはなは真剣な面持ちで新八にそう言った。お妙がこの女性を新八に紹介したのにはわけがあるらしかった。
「春雨に人を尋ねていたらしいの」
お妙の目が真っ直ぐに新八をとらえる。
「お妙さん・・・いいんですもう・・・」
「捜してあげたいの」
新八の胸がきゅっと縮んだ。前回の人捜しは誰もが居心地の悪い結果になってしまった事を思い出した。
「お妙さん・・・ごめんなさい」