鬼の恋
女性はうっすら涙を浮かべていた。色が白く化粧気がないのに唇はうっすらと赤みを帯びていた。
「どなたを捜しているんですか?」
新八は近くにあったいすを二つベッドの横に寄せ、お妙と二人で座った。
「兄代わりだった人です。孤児院でいつも一緒で出た後も一緒に・・・」
「結婚するつもりだったみたい」
おはなが下を向く。
「私に不自由はさせたくないと、止めるのも聞かず悪い仲間とつきあい始めました」
「春雨と?」
「はい。彼は天人と人間の間に生まれた子でした。しかし、どちらにもなじめませんでした」
新八の顔が真剣な表情に変わっていく。お妙もすべてを聞いていたわけではなかったらしくはっとした表情でおはなを見た。
「だから彼はどちらにもつくことにした・・・」
意味深な言い方に二人は無意識のうちにつばを飲み込んだ。
「真撰組と春雨、どちらにも取り入るようになりました」
「え?」
「どちらにも情報を売ったのです。取引の日程について、取り締まりの情報について・・・」
おはなはそういって黙ってしまった。
「えっと、二重スパイって事ですか?」
「そうです。最初はどちらにも正しい情報を教えていました。しかし・・・」
そのとき外で音がした。緊張が張り詰めた部屋の中で、三人は息をのむほどその音に驚いた。
「銀さんたちかも」
新八は落ち着かせるかのように声を出した。
「そうね、この話銀さん達にも・・・」
「だめです!」
突然の大声に二人はおはなに振り返った。
「あ、ごめんなさい・・・」
「いえ、でも・・・」
「忘れてください。今の話・・・もう、もういいのです・・・」
おはなはそう言ったきり、黙ってうつむいてしまった。
「ごめんなさい・・・一人にしてください・・・」
その言葉に押されるように、二人は病室を出るしかなかった。
お妙の病室で新八は黙って座っていた。お妙も神妙な面持ちで窓の外を見ている。
「あねごーーーー!お見舞いに来たアル!」
バタン、と乱暴にドアが開き、何かを持っている神楽がいた。その後ろから銀時がだるそうについて入ってきた。
「外でゴリラに会ったネ。入りたそうにしてたから一発殴って持ってるものだけいただいたアル」
お妙はそう、と気のない返事をして外を見つめている。
「何かあったのか?」
銀時は神楽がもっていたかごの中に入っていたリンゴを手に持ちがりっとかみついた。
「銀さん・・・実は・・・」
おはなの話を二人にした。神楽は「捜すネ!」と息巻いていたが銀時は少し様子が違った。
「捜してあげたいんです」
新八の真剣な様子に乗り気ではない。
「もういいって言ってるんだろ?やめとけ」
手を振ってリンゴの芯をゴミ箱に入れた。
「そんな!」
「危険だ」
「銀ちゃん、チキンネ」
神楽はかごの中身をあらかた食べ終え、最後に残ったミカンの皮をむいてお妙に差し出していた。
「なんかよくわかんねーけど、あんまり首突っ込まねえほうが良さそうだぜ。あれだ真撰組が関わってるのも気にいらね・・・」
「もういいです!」
新八は銀時の言葉を遮って大声を出した。
「銀さんがそんなに薄情だとは思いませんでした!」
「や、もう少しだね・・・」
新八の態度に驚いた銀時が目を大きく見開く。
「ほんと、銀ちゃんチキン」
「見損なったわ」
先ほどまで窓の外を見ていたお妙が銀時に冷たい言葉を投げかける。
「や、もうその彼いない・・・」
「あんた最低だ!」
聞きたくない、といった風に新八はそう言ってドアを乱暴に開けて出て行った。
「銀さん・・・今のはちょっと・・・」
と言うお妙の言葉をかき消すように悲鳴が上がった。
「銀ちゃん!ひどいアル!!」
「ぐぐぐぐぐるじいいいいいい」
「愛し合う二人が幸せになれないなんて絶対にいやアル!」
首を絞め、ブンブン揺らす神楽の動きに銀時が声をなくす。
「や・・・が・・・」
お妙も止めることはしなかった。にっこりと笑っている。
「神楽ちゃん、ここが病院で良かったわね。銀さんに何かあってもすぐに先生に診てもらえるわ」
誰も止める気配がないと分かった瞬間銀時の脳裏にお花畑が広がった。
「おはなさん?」
ドアをノックすると少しだけ間があって「どうぞ」と返事があった。ドアを開けるとおはなが一人で携帯を手にしていた。
「新八さん」
名前を呼ばれると新八に軽く笑顔が浮かんだ。
「やっぱり気になって・・・」
その言葉でおはながわっと泣き出した。
「どうしたんですか?!」
新八があわててベッドに駆け寄ると、おはなが新八にすがりついた。
びっくりした新八はしかし、おはなから良い香りするのを感じて顔を赤くした。
「あの人から・・・あの人からメールが・・・」
握りしめた携帯はピンク色でしっかりと閉じられていた。
「さっき言ってた人からですね」
こくりと頷くたびにうなじが目に入る。新八は目のやり場に困っていた。白すぎるうなじに花の香りが新八の心臓を高ぶらせる。
「大丈夫です。何てメールだったんですか?無事だったんですよね?」
おはなが顔を上げると新八の顔とおはなの顔が近くなる。くっきりした二重に大きな黒目は潤んで新八だけを見つめている。
「取引があるそうです・・・そこで・・・大金をつかんで・・・」
途切れ途切れのおはなの言葉を小さく頷きながら聞く新八からそっと顔を背けた。
「一緒に・・・逃げようと・・・」
おはなはそういうと、新八の胸に顔を埋めて泣き出した。
「もうやめてって、返したのに」
新八は思わずおはなの頭をきゅっと抱きしめた。
「大丈夫です。大丈夫ですから。僕が・・・」
なおも泣くおはなの頭をそっとなでる。
「僕が彼を止めます」
新八の決心が固まった。
時間はあまりない。
おはなが退院の手続きをとっている間新八はその部屋で着替えをしていた。ガチャリと音がして部屋におはなが入ってくると少し驚いた顔をした。
「新八・・・さん?」
「すいません、あんまり長いと動きづらくて」
新八は声を少し高くしてそう言った。おはなに言われて着替えたのはかわいらしい着物で丈は短く着付けられ、今時の女子高生のようだった。
「いえ、えっと似合ってますよ」
遠慮がちに笑いながらそう言うおはなの表情を見て新八も笑った。
「ぱち恵でーす」
おどけるようにポーズをとるとおはながくすっと笑った。照れて下を向いた新八におはながほほえみかける。
「ありがとう、新八さん」
その言葉に新八の顔がほんのり赤くなった。おはなはしかし、新八の顔を指でそっとなぞると真剣な面持ちで言った。
「でも、もう少し、派手な方が良いわ」
それからの行動は素早かった。床に置いてあった袋から明るい茶色のウィッグを出してそれを被せた。ポーチから化粧道具を取り出すと手際よく色を塗り始める。
「これくらい派手な方が良いわ」
化粧をほどこし、荷物をまとめるとおはなが決心したように新八の手を取った。
「ありがとう、新八さん」
手は冷たかったが、体が熱くなった新八にはそれが心地よいと感じていた。
病室から出る二人に違和感を感じるものはいない。途中真撰組の隊士とすれ違ったが新八に気がつく様子はなかった。そしてそのまま薄暗い病院を後にして夜になりかけた街へと消えていった。