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きくちしげか
きくちしげか
novelistID. 8592
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鬼の恋

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しばらく歩いていくと広い駐車場の様な場所に出てきた。人影が見える。おはなの着物は明るめで遠くから見えるが、隣の人物は大きさしかわからない。暗がりで肌の色も暗く、着ているものも暗いのでうごめいているのがわかる程度、顔かたちははっきりとしなかった。ただ、その尋常ならざる大きさからかろうじて天人だと分かる程度だった。
「これでいいだろ」
「うん」
「山分けしろよ」
「分かってるよ。ほら、あんたの分」
女の声がそう言うとケースから何かを取り出して渡していた。
新八はじっとその様子を見ている。おはなの顔はよく見えないが、手際よく金を分けている場面を見て悲しくなってきた。
「早く逃げねえと、真撰組が来るぜ」
「まだ平気よ。馬鹿な子が囮になってくれてるからしばらくはこっちに来ないわ」
その言葉に新八の頭がかあっと熱くなった。
「色気づいちゃって、すぐに騙されたわ。かわいかったけど、ほんと馬鹿ね」
笑いながら現金を数えるおはなを見ることはできなかった。
その時、後ろから人の気配がした。新八が慌てて振り返ると沖田と光正が立っていた。
「沖田さん」
しかし沖田は黙って新八を自分の後ろに引っ張った。おはなの様子を伺うように見ている。
「お金を山分けしてるみたいです」
光正にそう言うと、光正は頷いて小さな声で話しかけた。
「新八君、もうここは僕たちに任せて、戻って」
新八は何か言いかけたがそれをぐっと押さえてうなずいた。
「すいません」
新八が下を向いた瞬間。
「え」
光正が小さくつぶやいた。
どさり
新八の視界に光正とはまったく違う大きな影が現れた。
「ねずみ、発見」
にやりと笑う男の口元だけしか目に入らなかった。
「ぼっとすんねぃ!」
耳元ではじけるように聞こえた声で我に返ったが、体は動かない。しかし、自分の意志とは関係なく重力が横にかかる。誰かに引っ張られ、気がつくと先ほど盗み見ていた広い駐車場に連れてこられていた。
今自分がいた路地の方を見るとそこから男が飛び出してきた。周りを見回すとおはなが驚いた様子でこちらを見ている。
「その金どうした」
路地から来た男は沖田と新八を通り越して後ろにいた男女に声をかけている。二人を追いかけようとその男が沖田と新八の方へ男が走り寄ってきた。
ザシュッ
沖田が電光石火のごとく動いた。誰にも何が起きたか一瞬分からなかった。
「無視されんの、すっげえ嫌いなんだけどねえ」
刀を抜いたまま小さくつぶやき、おはなの方に向いた。
「こけにされるのはもっと嫌いでねぇ」
沖田の目はおはなだけを捕らえている。おびえたおはなに向かって斬りつけようとした瞬間路地から声が聞こえた。
「どこだ!」
「こっちだ!」
「金は!」
狭い路地には男達が集まっていた。光正はかろうじて路地から広い駐車場に出てきていたが、その場に倒れ込んでしまった。
「光正君!」
新八が光正に駆け寄ろうとしたが、路地から男達がどんどん駐車場に流れ込んでくる。沖田は舌打ちをして新八の手をひっぱった。
「ほっとけ!今は自分が助かる事だけ考えろぃ!」
おはなともう一人はその場にはすでにいなかった。沖田と新八だけが取り残され、状況が飲み込めた沖田はそのまま新八を引っ張りながら走り始めた。
路地は迷路のように入り組み狭い場所に大勢の男が入り込んできた。
時折刀を振るが、狭い路地では思うように動けない。
「あいつ!真撰組だ!」
そう言いながら追いかけてくる男達から逃げるのに必死だった。人通りが少ない場所まで来ると、沖田は冷静に路地にあるゴミ箱の後ろに隠れて様子を伺った。しばらくすると手に短い刀を持ち何かを捜すように歩いている男を沖田が後ろから刀で刺した。きれいに倒れた男から刀を取り上げると新八に渡す。
「自分の身は自分で守れ」
息一つあげない沖田の手から刀を受け取ってうなずいた。
「はい」
しばらく様子をうかがっていたが、その後誰も来る気配はなかったのでその場に隠れることにした。
ふと沖田が目の前に転がる死体を見ながらつぶやいた。
「光正、死んじまったかねえ」
後からわき上がる春雨から逃げるのに精一杯だったために倒れた光正がどうなったか全く分からない。沖田に突然感情がこみ上げてきた
「ちくしょう、だから・・・だから、弱いヤツは嫌れえなんだ」
小さく舌打ちをして沖田がつぶやいた。新八が思わず声を出す。
「光正君は大丈夫です。絶対大丈夫です」
独り言を言ったつもりだったのに答えが返ってきたことに少しとまどったが、沖田は新八の言葉に笑った。
「俺たちの商売に絶対なんて言葉はねえ。あるとしたら・・・」
一つだけ息を吸う。
「いつかは絶対、死ぬ」
新八はしかし強く言い切った。
「でもそれは今じゃありません」
新八の根拠のない力強い言葉に沖田は思わず苦笑してしまった。
「その自信はどこから来るのか教えて欲しいぜぃ。弱いくせに」
本心から弱い、と言い切った沖田の言葉にしかし新八は不思議と素直に受け止めた。
「・・・弱いけれど。銀さんや土方さんや沖田さんみたいに強くないけど」
「分かってるなら無駄なあがきはやめろぃ」
間髪入れずに割り込ませた言葉が一瞬新八の口を止めた。少しだけ笑って続ける。
「守るものがあるうちは絶対に死にません。光正君も守りたいものがあるって。だから大丈夫です」
新八の言葉に本気で言ってるのか?と沖田は呆れた。
「でもあなたの言うとおり僕は強くない。それに死ぬのは怖いです」
唐突な言葉に沖田はきょとんとした顔で目の前の黒い瞳を見つめていた。
「だから沖田さんに僕の命を預けます。今は沖田さんにしか僕を守る事が出来ないんです」
沖田が笑った。
「おめえ、馬鹿だろ」
「な、なんですか!」
「俺がおめえを大事にするはずねえだろ。おめえに守られる価値があると思ってるのかよ」
辛らつな言葉に新八は口をへの字に曲げて言葉を出した。
「沖田さんは真選組一番隊長ですから」
新八は真剣な面持ちで沖田に向き合う。
「あなたの剣は今市民を守るためにあるんです。僕みたいな一般市民を守るためにね」
沖田はぽかんと口を開けて新八の言葉を聞いた。
「光正君はみんなを守るために真撰組に入ったって。そしてみんなを守るために一番隊に入りたいんだって」
最初馬鹿にしていた新八から今は目を離すことができなくなっていた。新八も沖田の目を見つめて続ける。
「光正君は絶対に生きています。絶対に死んでません。だってあなたがずっと守ってきたんでしょ?それとも真選組の一番隊長さんは弱くて隊士一人守れないんですか?」
挑発するような言葉に、にらみ付ける沖田の鋭い視線を新八は真っ直ぐに受け止めた。沖田は唇の端をきゅっと引き上げた。
「おもしれえ、そこまで言われて黙って死なせる訳にいかねえな。よし、おめえの命確かに預ったぜ。もし帰って光正が生きてたら俺に対して「弱い」なんて言葉二度と使うんじゃねえぜぃ」
新八は沖田の目に強い光が宿るのを見てにいっと笑い、すぐに口を一文字に結んだ。
「もちろんです。生きて帰るんです。どこぞのマダオ達と違って、僕たちにはまだまだ先があるんですからね」
しっかりと結ばれた口元と強い瞳を見て沖田は何かに触れたような気がした。
作品名:鬼の恋 作家名:きくちしげか