鬼の恋
新八と向き合うときにいつも感じていた、自分を奮い立たせる、いらだたせる、そして熱くさせる、片鱗のようなものを。
(ああ、こいつはー)
しかし沖田がふんと鼻をならして新八に関心を示したそぶりはまったく見せなかった。
「その格好で言われても説得力ねえよな」
そう言われて新八は自分の姿を思い出した。短い着物に濃い化粧。お妙に似た柔らかい顔立ちのせいで女装には見えない。普通の女子高生のようだ。
「こ、これは」
「まあ、まだその姿の方が守りたくなるかもねぇ」
沖田は呆れて空を仰ぎ、新八は下を向いて頭をかいた。
そのまま路地を行くと倉庫が見えた。外には天人らしき人影がザワザワとせわしなくうごめいていた。
「金はどうした!」
「なにぃ!」
途切れ途切れに聞こえる声からも、混乱しているのが分かった。おそらくこの場所が本当の取引場所なのだろう、と沖田は小さく言った。
「どうしますか?」
「とりあえず呼ぶかぃ」
沖田が携帯を取り出しボタンを押した。
「取引場所を見つけやした。へえ、わかりやした」
短いやりとりの後すぐに倉庫の近くに動きがあった。男が何かを運んでいる様子が目に入ってくる。肩に担がれたものは、どうやら人間らしかった。
「沖田さん!あれ!」
担がれたものに見覚えがあった。
「おはなさんだ!」
新八から思わず声が上がった。沖田がそれにつられてそちらを向く。
「捕まったんだ!どうしよう!」
慌てる新八をしらけた目で見つめていた。なぜ慌てているのかすら分からなかった。
「ほっとけぃ、自業自得だろ。おめえだってコケにされて」
「でも!ぐったりしてます!殺されてしまうかも」
新八は本気で心配しながら身を乗り出した。あまりに勢いよく飛び出そうとしたので沖田は慌てて手をつかんだ。
「ば、見つかっちまう!」
「でも、助けなきゃ」
沖田にはその言葉がよく分からなかった。
「おめえよ、あいつは堅気じゃねえ。覚悟だってできてるだろ」
「けど・・・」
沖田は新八の手を握ったまま少しの間見つめ合っていた。新八は深呼吸をした。
「でも・・・どうしてもすごい悪人には思えません」
「本当に、おめえ馬鹿だよな」
しかし、新八は口を閉じたまま、おはながいた辺りをじっと見つめていた。
「生きていれば改心するかもしれないです。生きていればいい人になるかもしれない。もう知ってる人が死ぬのは嫌です。どんな人でも」
泣きそうな顔をする新八に心底呆れていた。
しかし。
「どこからか中が見られるといいんだけどねぇ」
沖田はそう言って近くにあったコンテナを上りだした。新八もそれに続いていった。
倉庫の近くまで来ると天人と思われる男達が多くなってきた。まだ真撰組の来る気配はない。慎重に周りを歩くと、割れた窓から中がみえる場所があった。のぞくとおはながぐったりしているのが見える。男に殴られて顔は腫れ上がり、立つことすらできなさそうだった。外の物々しさとは裏腹におはなとその男以外中に人がいる様には見えなかった。
「あと半分どうした!」
「し・・らな」
声が途切れ、ばしっと音がする。髪の毛をつかまれ吊されるのが見える。
「兄貴と一緒に逃げるつもりだったのかよ。兄貴も馬鹿だぜ。こんな女に騙されて」
「しら・・・しらない・・・」
何を聞かれてもそう答えるおはなに男はいらいらとし始めた。
「あと2時間以内に金が揃わねえと、取引はパーだ。おめえも生きて兄貴と会えねえだろうよ。まあ兄貴も生きていられねえだろうけどな」
その言葉にはっと顔を上げる。
「どっちにしろ、もう用済みだ。女に騙されるような使えねえ駒はいらねえって」
つかんでいた髪の毛を離すとおはながぐらりと床に倒れ込んだ。
「まあ、いいや、真撰組もうろうろしてやがる。もう取引はねえかもしれねえなぁ。兄貴はすぐ見つかるだろうて」
静けさが辺りを包むと男が腰から大きな刀を取り出した。おはなは黙って目をつぶった。
「逝っとけ」
しゅっと振り上げた刹那。
新八が割れた窓ガラスをよけてさっと入り込み、ものすごい勢いで男めがけて走っていった。動きに一瞬ついて行けなかった沖田が驚いてその後を追いかける。
刀を振り上げた男の背中に向かって体を思いっきりぶつけた。
ぐほっ
全く予期しない方向から力が加わった男は何が起きたかさっぱり分からなかった。
「どけ!」
その言葉に倒れた新八が横に転がりだした。
ガキッ
沖田の太刀が男の胴体にめり込む。手前に引くとブシュッと音がして鮮血があがった。静かになった倉庫の中で沖田だけが冷静だった。
「ちくしょう、ロクでもねえもの斬っちまったじゃねえかよ」
絶命した男の血を自分の袖で拭く。
「大丈夫ですか?おはなさん」
何が起きたか分からないおはなに、新八が駆け寄り肩を貸して立ち上がらせようとする。
「新八・・・君・・・」
「もうすぐ真撰組が来ます。もう大丈夫です」
その言葉におはなは天を仰ぎ、そして笑った。
「あんた、馬鹿じゃないの?真撰組が来て喜ぶヤツなんかいないわよ。大丈夫って何よ。それに、なんで・・・」
苦しそうに言うおはなの言葉を遮る。
「手当をしないと」
懐から手ぬぐいを出すと、おはなの顔にそっと押しつけ血をぬぐった。
「ほんと、馬鹿じゃないの・・・助けてくれなんて言ってない・・・」
「助けた訳じゃないです。悔しくて文句でも言ってやろうかと思っただけです」
おはなは怒ったような新八の顔と手ぬぐいを避けるように顔を背けた。その先にいる沖田の顔が視界に入ると一転して険しい顔つきになった。表情を見る限り沖田が何者か分かったようで、その顔に沖田の表情も険しくなる。目つきは鋭いままにやりと笑う沖田は新八の知っているどの表情でもなかった。
「色々話を聞かねえとな。取り調べは厳しいぜぃ」
おはなは沖田をにらみつけながら新八に話す時とは全く違う口調で言った。
「犬に話す事なんてないねえ」
口からぺっと沖田の方に血を吐く。足下に赤い唾液が落ちると沖田の唇の端がこれ以上ないほどあがった。
「どいつもこいつも犬犬うるせえな。まあいいや。犬に理性があると思うなよぉ、このあばずれ。おめえをどうしようか考えると今から楽しくてしょうがねえ」
沖田は笑顔でそう答えた。不穏な空気に新八がハラハラしている。
「そ、そんなことより、早く逃げないと・・・」
そう言ったとたん、外が騒がしくなっていた。
「御用改めである!」
おはなはがくりと下を向き、沖田はドアに向かって歩き始めた。
「とりあえず、怪我治してからじゃねえと、いたぶりがいがねえ。新八さん、そのあばずれ連れてきなせえ」
重たい扉を開けると光が入ってきた。片手をあげてその中に入っていった沖田はそのまま外にいる大勢の天人を斬り始めた。
なんのためらいもなく、むしろ生き生きとしている。新八は倉庫の暗闇からその姿をじっと見つめていた。
あらかたカタがついた頃おはなと一緒に真撰組の車の方へ向かっていた。隊士の一人に声をかけると、うまく知った人物だったのですぐにおはなを預けた。
「新八くん?」
ほっとした時不意に後ろから声をかけられた。振り向くと笑顔の人物がいた。
「ああ、大丈夫だったようだね。あと光正も大丈夫だからな」