鬼の恋
うれしい報告をしたてきたのは近藤だった。人なつっこい笑顔に新八はやっと落ち着いた気がした。
「そうですか、良かった」
ほっとする新八の肩を近藤がぽんとたたく。
「色々すまなかった。君にまで怪我をされたら俺はどうしたらいいか。巻き込んで申し訳ない」
近藤はそう言って頭を下げた。近藤の言葉に新八がはっと思い出した。
「近藤さん、ごめんなさい!」
同じように新八も頭を下げた。
「え?」
近藤には新八が何を謝っているのか全く見当もつかない。
「病院で、その・・・殴ったこと」
数秒近藤が考えるような仕草をしてああ!と手を打った。
「いや!あれは、うん。良いパンチだった」
感心するようにあごに手を当て的外れな返事をする近藤に、新八はぽかんと口を開けた。
「さすが、我が未来の弟だと思ったよ!」
腕を組み感心したように頷く近藤に心底呆れた。
「誰が弟だよ」
次の日、病室のベットの上で光正が肩から上着を羽織って座っていた。所々に包帯をしている。
「怪我はどう?」
「たいしたことなかったって」
顔色はそれ程悪くなく笑顔が浮かんでいた。それでも包帯だらけの光正を気遣うような表情で新八がベッドの脇のイスに座る。
「そうか、良かった」
「うん、大丈夫だって。検査結果も良くて、治れば隊に復帰できるって」
笑顔をこぼす光正に新八もほっとした顔をした。
「あのね」
光正が急に新八に向かい合った。
「僕が三番隊に入れたのは沖田隊長の推薦があったからなんだって」
「へ?」
突然の言葉に新八は一瞬「沖田隊長」が誰の事か分からなかった。
「一番隊にすぐに入れる事は出来ないけど、三番隊で現場に慣らしたらどうかって」
新八が意外だと思ったのは沖田がきちんと仕事をしているということだった。
「沖田さんって、ちゃんと仕事してるんだ」
ぼそっとつぶやいた新八の言葉に光正が大きな声を出した。
「もちろんだよ!稽古だってつけてくれるんだよ!」
真面目な沖田の表情や姿を想像することは出来なかったが、顔色を変えずに斬り込む沖田を思い出した。ふっとため息をつく。
「やっぱり強いね、沖田さんて」
新八がそう言うと光正が笑いかけた。
「だろ?」
沖田の話をするときの光正はいつも笑顔だった。
今も。
「それより、新八君は大丈夫だったの?」
新八は大きくうなずいた。
「うん」
そして不意に沖田の顔が浮かんできた。
「ちゃんと沖田さんが守ってくれたから」
その言葉に光正は本心からほほえんだ。
病院を出ると庭先のベンチに沖田の姿を見つけた。
「沖田さん」
声をかけると沖田も手を軽く挙げた。
「よぉ」
ベンチと頭を下げる新八との距離は少し遠い。それ以上の距離を縮める事もせず、新八はもう一度頭を深く下げた。
「ありがとうございます。沖田さんのおかげで命拾いしました」
少し遠いベンチから沖田が手招きした。近づくと沖田が下から見上げて手を差し出した。
「じゃあ、何かおごってくだせえよ」
無表情の沖田に新八が笑ってうなずいた。
「ちょっと待っててくださいね」
しばらくして戻ってきた新八が手にした缶を見て眉をひそめた。お汁粉と書かれた缶が二つ。
「甘いの嫌いなんだけどねぇ」
その言葉にはっとして手にした缶を見た。そうですよね、と小さく声を出す。
「すいません、いつもそれ買うのでつい。買い直してきます!」
くるくると変わる表情を無言で見つめていた沖田が呆れたように手を出した。
「・・・良いよ別に、飲まねえとは言ってねえ」
恐縮する新八から無理矢理缶取り上げた。バシュと音を立て缶を開け、沖田は一口含んだ後ごくりと飲んで舌をべぇっと出した。
新八はその様子を申し訳なさそうに見ていたが、思い出したように言葉を発した。
「光正君大丈夫でしたね」
「ああ、らしいねぇ」
沖田はまだ光正に会ってはいないと言う。新八が先ほど光正が言っていた怪我の具合や様子を伝えた。
「治ったら三番隊に復帰できるそうです。すごく嬉しそうに言ってましたよ。光正君は本当に真選組にいられることが嬉しいんでしょうね」
喜ぶ新八を見て沖田が黙り込む。少しの沈黙の後不意に自分の隊服の襟に指をかけた。
「この服はねえ。喪服なんでさあ」
急に沖田から出た言葉に思わず顔を向ける。沖田は遠くの空を見つめながら続けた。
「入隊したときから喪に服する。喪に服しながら人を斬る。ねえ、新八さん、隊服がなんで黒いかわかるかぃ?」
問いかけに答えを期待しているわけではなさそうだった。新八にもそれは分かった。
「いいえ」
短く答えて続きを促す。
「血の色が見えなくなるから、でさぁ」
クックと笑う沖田に新八は声をかけられない。
「俺はねえ、この服でえっ嫌れえだ。でもこの服は俺に一番ふさわしいと思う」
「沖田さん」
名前を呼ばれた沖田がお汁粉を口に含むと眉毛が少しゆがんだ。
新八の眉毛も少しゆがんだ。唇に少しだけ力が入る。背筋を伸ばしてゆっくりと言葉を見つける。
そして。
「光正君は言ってました。沖田さんみたいになりたいって。沖田さんみたいに強くなってみんなを守りたいって。だから真選組に入ったんだって」
強い瞳で自分を見る新八の姿にしまっていた記憶がよみがえってきた。いろいろな記憶の中からあの日近藤の後ろをついていく自分の後姿をみつめていたであろう一人の女性の顔を思い出した。
その人はいつも笑顔だった。
(そうちゃん)
あの日、弱々しく笑っていた彼女はしかし、決して弱くはなかった。
いつも、どんな時でも、最期の時でさえ。
(あの人を守りたかった・・・)
剣で守れないものがたくさんある事を沖田は知っている。だから、この剣は人斬りにしか使えないと。
(何のために近藤さんについてきたんだっけねぇ)
近藤の笑顔と土方の仏頂面を、そして自分を慕う若い隊士達の顔を思い出した。
(なんでい、俺とした事が)
チッと舌打ちをして手にした暖かい缶をぎゅっと握りしめ少し空を見上げた。青い空を見つめ、ふわっと笑って。
「でも、やっぱり俺の剣は人を斬る剣でさぁ。それしかありやせん」
新八はそれ以上何も言わず、沖田と同じ空を見上げた。
空は青く、何もかも見えるようだった。
空は、いつも、そう青く
ただ、青く。
市内を歩いていると、いろんな人物に出会う。たいていはその服の色を見ただけですっと目をそらす。
「よお、えっと、総一郎君?」
後ろから声をかけられた。振り返ると全てにおいてやる気のない男が立っていた。
「旦那、ども」
沖田に声をかけた銀時だったが特に会話する気はなかった。沖田は黙ってやり過ごそうとしたが、ふとあることを思い出した。
「新八さん、どうしてやす?」
沖田の口からその名前が出るとは思っていなかったので一瞬黙り込んだ。ああ、と頭を掻いて「うん」と答えた。ちぐはぐな答えに沖田はかまわず続ける。
「旦那は、なんであいつといるんですかぃ?」
問いかけの趣旨がよく分からなかった。えーと、と言いながら銀時は頭を掻きながら、どうしてかねえと口ごもったが、ふう、とため息をついて答えた。
「別に、あれだ、お守りみたいなもんだよ。あいつがいるとなんだか死ぬ気がしねえから」
その言葉に沖田はああ、と答えた。答えが分かったように手をたたく。
「ああ、ああ!」