鬼の恋
夕方万事屋で新八が帰りの支度をしていた。ソファーに座ってくつろぐ二人にふと声をかけた。
「真選組に寄って帰りますね」
「えっ？！何？討ち入り？」
銀時が手に持っていた雑誌を机に放り投げて言った。
「なにー討ち入りアルか！アタイも連れて行け！！！」
定春と神楽は新八に飛びつきそうな勢いで詰め寄ってきた。
「違いますよ。土方さんにマフラーを返しにいくんです」
銀時も新八の近くへと寄って行く。手には腰に下げていた木刀を持っていた。
「ああ、あれね。まあついでに木刀貸すから、そのまま頭かちわってこい」
「物騒な事言わないで下さいよ」
銀時の顔は結構真面目だった。
「木刀は持っていった方がいいぞ。犬に噛まれる」
「あいつ変態アル」
（言いたい放題だな）１
思わず苦笑してしまった。
「いいか！ドタマかち割らなくてもいいから一泡吹かせてこい」
「定春連れて行くネ。頭からばっくりアル」
畳み込む様に言葉を繰り出す銀時と神楽は一緒に行くかの勢いで仁王立ちになり新八の後ろに立っていた。
「そんな事したらこっちがガッチリ手錠でつながれます」
はぁとため息をついて新八は真選組の屯所へと向かって行った。
真選組屯所の前では隊士がたくさん立っていた。
「行きますよ〜」
「おう、先に行ってくれ」
土方が敷地の中から声をかけた。
「へえ、じゃあお先に」
隊士が行く後を少し遅れて土方が門を出ようとしたとき、門の外にメガネをかけた少年を見つけた。
（坊主か）
土方は小さく笑って裏戸から出て行った。
（あれーずいぶん人が少ないなあ、遅かったのかな）
新八は門から中をのぞいていた。
結局近藤から渡された電話番号を使う事はせず、会えたら上々程度の気持ちで屯所の門をのぞいていたが、門はいつ来ても入りにくいと思った。誰か知っている隊士が居ないかと目を凝らしていた。
（知っているって言っても隊長クラス・・・）
「何をしている」
後ろから鋭い声が聞こえた。新八は心臓が飛び出すかと思った。
「ひ、土方ひゃんいまひゅか？」
後ろから大きな笑い声が聞こえた。
「はいはい、いまひゅよ」
おどけたような声の方に向かって振り向くと土方がタバコをくわえて立っていた。
「ひ、土方さん！」
腕を組みタバコを持った方の手を口元にやってくっくっと笑っている。
（おどける土方さんって逆に怖い・・・）
新八は口元を引きつらせながら土方の方に向いた。
「なんか用か？」
タバコを吸いながら土方が言った。ゆるく笑う姿を見て、初めて見たな、と新八は思った。
（そういえば、いつも厳しい場面でしか会った事なかった）
そんな事を思ったがすぐに用件を思い出し、手に持った紙袋を土方の方にゆっくりと差し出した。
「いえ、あの以前借りた物を返しにきました。遅くなってすいませんでした」
新八が出した袋を手に取った。近藤から新八が来た事を知らされていた土方が紙袋を開く。
「ああ、戻ってきたか」
ちらっと見ただけでそのまま袋を閉じた。その動作を見て新八が口を開いた。
「先日はすいませんでした」
土方は不思議そうな顔をして新八を見ている。
「何か悪い事でもしたのか」
そう言われて少しうっと声を詰まらせたが、ひと呼吸置いて声を出した。
「定食屋で、怒鳴った事・・・。あ、でもあの市さんの事、僕はやっぱりあの時連れ帰ったら市さんは死ななかったと思います、だから・・」
しどろもどろになりながら必死に言葉を続ける新八をじっと土方は見ていた。
「だから、僕は土方さんを許しません。でもあそこから連れて来ても市さんにとって良かったかどうか、分からなくて」
一言一言考えながら言葉を絞り出す新八を見て土方がゆっくりと口を開いた。
「俺はあの時任務を遂行した。それが俺たちにとって最善だと思ったからだ。そしてお前らはあの時最善を尽くした。結果はどちらにもあまり幸福な事ではなかったが」
その言葉に新八が表情を曇らせた。
「分かってます。でも」
土方は必死に考え話続けようとする新八の言葉を遮った。
「すぐに分かる必要はない。俺が憎かったらそれでもいい。俺は痛くも痒くもないからな」
黙ってうつむいた新八に優しい表情を投げかける。
「俺を憎んで気が晴れるならそうしろ」
その言葉に新八は土方をじっと見つめた。そしてはっきりとした口調で土方に向かって言った。
「分かりました。ではお言葉に甘えでそうさせてもらいます」
真直ぐ見つめる新八の言葉に土方は思わず苦笑した。その顔を見て新八が笑う。憎む、という言葉とは裏腹に柔らかい空気がその場に流れた。少しの間を置いて 新八は深々とお辞儀をした。
言う事を言ったら新八は早々に立ち去ろうと思っていた。
「これから用事があるのか」
新八が顔を上げると土方が聞いた。その問いかけに特に気にする事もなく素直に答える。
「いいえ。これから道場に帰って、稽古して寝ます」
この後新八は嘘をつけば良かったとひどく後悔する事になる。
「じゃあ、特に用事はないってことでいいんだな」
「ええ、まあ」
「ついてこい」
（ええええ？？！！！）
新八は断るつもりだったが、土方に腕をつかまれ、ぐいぐいと引っ張られた。土方が後ろから来たタクシーに手を上げると二人の前ですっと止まったタクシーの扉が静かに開く。
「乗れ」
（僕、拷問部屋行きですか？）
なす術無くタクシーに乗り込んだ新八は顔を真っ青にして下を向いていた。
土方はそんな新八にはかまわずタクシーの中で袋からマフラーを出して首に巻きゆるく結わいた。
（そういえばしていなかったな。一枚しかないのかな？）
「よかった」
「え？」
「マフラー」
土方は前を見ながらぶっきらぼうに言う。
「そんなに大事なマフラーですか？」
「そうだ、坊主が生きている証だ」
（そうか。必ず返せってそういうことか）
その言葉に新八がじっと土方の横顔を見た。
「あ、ありがとうございます。マフラー」
「ん、ああ」
しばらく沈黙が続く。どこかで見た路地をタクシーが入っていった。
「ど、どこへ行くんですか」
新八が恐る恐る聞いた。土方は唇の端をキュッとあげて、新八の方を向いて言い放った。
「拷問部屋」
（ひぃぃぃぃぃぃ）
新八が色々な覚悟を決めて降りようとすると、タクシーが止まってドアを開けた。
見覚えのある古い宿のような店の前で新八は固まってしまった。
「来い」
土方がタクシーから降りると、車の中に呆然と座っていた新八の肘をつかんで店へと連れ込んだ。
（もう、殺される〜、助けて銀さ〜ん、やっぱり木刀を持ってくれば良かったぁ）
新八が目を閉じて祈っているとガラガラっと戸が開く音がした。
（今度こそ本当に鬼に食われる〜）
目をぎゅっとつぶった。しかし、中へ入っていくと大きな笑い声が聞こえ、おそるおそる目を開けると大勢の隊士がいて、酒を飲んでいた。前に来た時とは雰囲気も全く違って、明るい笑い声が店の中を埋め尽くしている。
「あ、遅いですよ！もう先にやってますよ」
若い隊士の一人が土方に声をかけた。
「ああ、いいぜ。客人を連れてきた」
固まった新八を見て隊士の一人が声を上げた。
「ああ！噂の万事屋の坊主ですね！」
わあ、っと方々から声がかかる。新八にはなぜこんなに歓迎されているのかよく分からなかった。