鬼の恋
「何か飲むか」
「いえ、あ、ジュースを」
「酒は飲まないのか」
「姉上に叱られます」
土方が笑って後ろを向く。
「アニさん、酒とジュースだ」
とりあえず土方の隣に座らされた新八は、出されたジュースのコップを仕方なく持った。それを見て土方が立ち上がり声をかけた。
「このたびはご苦労さん。今日は加藤の弔いだ。みんな羽目を外して加藤を分署まで送ってやってくれ!」
土方が酒のはいったコップを掲げた。
うおーーーっと歓声のような声があがった。みんな一気にコップの液体を飲み干す。それが終わるとめいめい酒を酌み交わし始めた。若い隊士が土方の方へ寄ってきて酒をつぐ。そんな光景を新八は不思議そうな顔で見ていた。
一段落ついた所で新八がずっと疑問に思っていた事を口に出した。
「えーっと、これ何の集まりですか?弔いって・・・」
既に何杯目かの酒を飲み干した土方が新八の方を向いて言う。
「春雨の一斉摘発があっただろ。そこで命を落とした三番隊隊士の弔いだ」
新八はつい先日起こった事件について思い出した。花田屋の事件後春雨の拠点を真選組が摘発し、隊士が一人重体となっていた事を新聞で知った。
「あ、あの人、亡くなったんですか?」
「ああ」
短く答える土方に新八が下を向いて黙った。
「辛気くさい顔はするな。酒がまずくなる」
「は、はい、すいません」
土方が酒を飲みながらとつとつと話し始めた。
「真選組にはな、あの世に分署があるんだ。そこに行く事は別に不名誉な事じゃねえ。もちろん二階級特進で地位も上がってるから偉そうな顔もできる」
新八の方を見るでもなく、静かに話しを続ける。
「死んでも俺たちは真選組だ。だからこうやって笑って送ってやれる」
土方の目が優しい光を帯び、新八はその顔をじっと見つめていた。
「土方さんって結構ロマンチストですね」
土方がふんと笑った。
「これは近藤さんの言葉だ」
新八は近藤の顔を思い出した。お妙に言い寄っている近藤は情けなく見えるが、こんなことを言う人だったなんて。
(だからって姉上と・・・なんて許さない)
「あれ?でも近藤さんは・・・」
近藤の姿はどこにも見えない。
「そうは言いつつ、こういう席で一番泣くのはあの人なんだよ。だから来ない」
苦笑いを浮かべる土方の顔に新八はああ、と納得して笑った。
「そういやぁ、沖田はどうした」
店を一瞥した土方は近くに居た隊士に尋ねた。
「へえ、三階で寝てます」
「起こしてこい」
土方は二の句を次がせず、隊士に言い放った。
「えーっと、その〜酒が飲めないなら降りないと」
済まなそうに言う隊士の言葉に、はあっと大きなため息をつくと、新八はそんな土方の様子に思わず笑顔を作ってしまった。
「なんだ、坊主、楽しそうだな」
土方は新八の笑顔に口の端をあげて笑い返した。
しかし、目は笑っていない。
(ぼ、僕またヤバい?!)
「連れてこい」
「はあ?!」
「坊主、総悟連れてこい」
あまりに唐突だった。そしてここで起こった事を思い出した。
「何言ってんですか!自分で連れてくればいいでしょ!嫌です。あれ以来トラウマなんですよ!誰かさんのせいで」
一気にまくしたてる。本当に二度とあそこの部屋には行きたくないと思っていた。
「だいたい、あなたが上司なんでしょ?!」
思いのほか大きな声だったらしく、近くに居た隊士達が面白そうに二人を見ていた。
「タダとは言わねえ」
「え?」
土方の瞳が奥の方で光った様に新八は感じた。
「下まで連れてきたら、隊士を連れて恒道館に出稽古に行ってやる。どうだ」
その言葉に新八はぐっと息を詰まらせた。
「出稽古?」
「そうだ、何ならテレビの取材班も連れて行ってやるぞ。江戸公共放送あたりでどうだ。真選組の出稽古なんて良い宣伝じゃねえか」
「えええ!!」
土方は新八の道場の事を近藤から聞かされていた。
「入門者が殺到するかもなあ」
土方はタバコに火をつけて新八の方を見てにやっと笑い、ふーっと一息つくと今度はこういった。
「連れてこられなかったら、うちで一ヶ月タダ働きだ」
新八は下を向いてうんうん唸っていた。
(ただ働きなんて、今だってそう変わらないじゃないか。でも取材をしてもらえれば・・・)
2、3分考えていたようだったがぱっと顔を上げる。口を真一文字に閉じ、何か決心したような顔をしていた。
その顔を見て土方が笑顔になった。
「やります!ええ、やってやりますよ。連れてくりゃいいんでしょ!もう鬼でも何でも来いってんだぁ!」
ものすごい勢いで新八は立ち上がり、階段を駆け上がっていった。
隊士達がやんややんやとはやし立てた。
「俺は連れてこられない方に」
そう言って土方は財布から3枚ほど紙幣を出す。3枚とも一番大きい紙幣だった。
「すげー自信っすね。俺は沖田隊長が連れてこられる方に賭けやす」
その言葉を聞いていた隊士達がわっと集まってきた。
「アニさん、紙と鉛筆」
土方が後ろを向いて厨房の方に声をかける。
アニさんが前掛けで手を拭きながら厨房から出てきた。
「はい、じゃあこちらで書きますよ」
土方はタバコを灰皿に置き、景気づけの様にコップの酒をあおる。
「さあ総悟、頑張ってくれよ。日頃の恩返しをしてもらうぜ」
土方がそう言うと、店には笑い声が響く。
3階に向かう新八にも下の階の笑い声が聞こえた。
(僕、まんまと罠に引っかかった?)
不安を抱えつつ三階へ向かった。
「あのー沖田さん、皆さん下で待ってますよ〜」
弱々しく声をかける。
(うわっ、この人何でこんな格好して寝てんの)
階段の方を向いて寝ている沖田の目には、いつものアイマスクがかぶさっていた。
着流し一枚で裾がめくれ、白い足がだいぶきわどい所まで見えている。胸元はだらしなく、鎖骨のあたりが見えていた。
「沖田さーん」
もう一度声をかける。
「下に行きませんか」
突然沖田がアイマスクを外す事なく答えた。
「お酒持ってきたら降りていってあげやす」
「何だ!起きてるなら返事くらいして下さいよ。えっと、お酒ですね」
分かりました、と言って下に降りようとする新八の襟首に違和感を感じたのはすぐだった。
「今日はいい日だ」
「ひやぁぁぁぁ」
我ながら情けない声だとは思ったが、つい口から出てしまった。
「何でえ、こんな所にいい肴があるじゃねえですか」
沖田が階段から身を乗り出す。新八が後ろを見ると着物の襟首には白い手がくっついていた。
まるで先日見た邦画のホラー映画のようだった。
「ぎゃぁぁぁぁ、離して下さい。い、今お酒持ってきますから」
新八は必死に下へ向かって降りようとしていたが、沖田の手にぐっと力が入った。
「駄目だよぉ、今日は飲むなって近藤さんに言われてんだ」
「じゃ、じゃあ、下で何かジュースでも飲みませんかぁ」
(泣きそうだぁ)
新八が襟首を離そうと沖田の手をつかんだ。しかし、その手を逆に取られてしまった。
(しまったぁ!僕のバカ〜)
「とにかくこっちへおいでよ。とりあえず来てくれたら、考えてもいいですぜぃ」
新八はあきらめて沖田に手を取られて階段を上がった。薄暗い部屋に着流しをだらしなく着た沖田が座っていた。
「どうしたんでぃ、こんな所まで。俺に会いにきてくれたんですかぃ」