鬼の恋
アイマスクをくるくると回しながらぞんざいに言葉を投げ出す。
「なに馬鹿な事言ってんすか。土方さんに連れてこられたんですよ。無理矢理」
無理矢理、という言葉を強調して言った。新八はとりあえず階段近くに座ってみたが、沖田に手を取られすぐに部屋の奥の方へと座らされてしまった。
「本当に食われるかも」
小さい声でつぶやく。
「今日は俺、機嫌が悪いんですよねえ」
うっすらと笑いを浮かべる沖田の表情からはそんな風には見えなかった。
「はあ、でも皆さん下に居ますし、それにお弔いなんでしょ」
新八が沖田に諭す様に話した。
「あいつは三番隊だ。自分の所じゃありやせん」
思いのほか冷たい返答に新八はむっとした。
「でも同じ真選組でしょ」
「俺が認めてるのは、近藤さんだけです。あとはどうでもいい」
「でも」
「真選組に弱いヤツはいらねえ」
吐き捨てる様に沖田が言った。新八の顔がキッとなり、沖田をにらんだ。
「そんな言い方!」
「なんでい、説教しにきたならかえって下せぇ。それとも酒持ってきてくれるかい?」
新八は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「分かりました、お酒ですね。持ってきます」
どすどすと階段を降りていった。
「すいません!お酒くれますか!」
思いのほか大きな声が聞こえたので店の中が一瞬シーンとなった。
「連れてきたかい、坊主」
「いえ、でも連れてきます。お酒ください」
「わりいなあ、未成年には酒は出せねえんだよ。最近は厳しくてなあ」
土方がにやっと笑って言った。
「じゃあ何でもいいです!」
アニさんも少し笑いながら2本のサイダーを新八に渡した。
「すいませんねえ、これで」
「いいえ、ありがとうございます」
新八はそれを貰うと階段を下りてきた時と同じ様にドスドスと音をあげて登って行った。
土方は笑いをこらえて上へ向かう新八を見送る。
「俺の勝ちだな」
えー!という声とやったーと言う声が同時に聞こえた。
「坊主、一人で降りてきただろ」
わあっという声が下から聞こえたが、新八にはもうどうでも良かった。
死者に敬意を払わない沖田の言い方に新八は腹を立てていた。
(とにかく下へ何としても連れて行く!)
三階に戻ると沖田がしどけなく座っていた。その前に新八がドカッと座る。
「持ってきました」
「へえ、良くくれましたねえ」
どん、と置かれたサイダーを見て沖田の整った顔が少し歪んだ。
「これって、サイダーですねえ」
「ええ、僕たち未成年ですから」
新八はすっかり強気になっていた。
「俺は酒を頼んだんですぜ。こんなの飲めねえなあ」
それを聞いて新八はもう我慢ならないという様に怒鳴った。
「わがまま言うな!サイダーなんて年に一度誕生日に一本しか飲めなかったんだぞ!しかも姉上と二人で一本だ!」
怒鳴られた事にびっくりした様子で新八を見ていたが、次第に沖田の顔に険のある笑顔が浮かび上がってきた。
「貧乏人はこれだから。俺なんて、毎夕食後出てましたぜ」
新八の顔がこれ以上ないというくらい赤くなった。
「だったらそれ下さい!姉上に持って帰ります」
新八は沖田に向かって手を差し出した。
「嫌だねえ。欲しいならお願いするんですねぃ。土下座して」
「そんな事できる訳ないでしょ!いるならきちんと飲んで下さい!」
「いやだね」
「じゃあ僕に下さい」
押し問答がしばらく続く。沖田はふうっとため息をついて言い放った。
「欲しいなら腕ずくでとれよ。できねえとは思うけど」
「分かりました!」
そういうなり新八は沖田の前にあったサイダーを手にしようとしたが、沖田が素早く取り上げた。
「ほら、こっちだ」
両手を振り上げ、上で振り始めた。新八は唇をぎゅっと噛むとサイダーめがけて飛び上がった。
「ばーか」
沖田がそういうなり立ち上がった新八の腹を蹴った。
「うぐっ」
そのまま前のめりになった新八を見下げがながらサイダーを勢い良く振り始める。新八が体を上げた瞬間。
ブシュー。
そんな音が聞こえたと思ったら新八の体から甘い匂いが立ちあがった。メガネにサイダーがかかり、視界がまだらになる。
「な、何てことするんだ!」
怒鳴る新八の頭から沖田が笑いながら残ったサイダーをかけていた。
「あんたの分はおしまい。俺のが欲しかったら・・・」
そう言った沖田の視界に黒い髪の毛が入ってきた。その瞬間背中に痛みが走る。
「食べ物を粗末にするな!バカが!」
新八が沖田に馬乗りになって頬を両手で挟んでいた。
思わぬ行動にあっけにとられた沖田がしかしその体勢に気がつくと顔をゆがめた。
「くそガキが真選組一番隊長に向かってバカ呼ばわりとはいい度胸ですねえ」
「それがどうした!あんたは大バカだ!」
新八の首に沖田の手がかかった。ぎゅっと締められる感覚がすると背筋に冷たいものが走り新八はすぐに沖田の手を引き飛び退いた。沖田がゆるっと立ち上がる。
「言うことはそれだけですかい?」
「うるさい!あんたはバカだ!ばかばか!」
子供の様に言う新八に沖田の顔から表情が消えた。
「死にてえみてえだな」
「やれるものならやってみろ!」
頭に血が上った新八は語気を荒げ、前にいるのが真選組きっての剣術使いだという事をすっかり忘れていた。
「分かりやした。でもハンデをやりやしょう。俺の刀を貸してやりますぜぃ。くそガキ一人に刀なんていらねえ。木刀一本で一撃だ」
新八がその言葉を聞いて立ち上がった。沖田は腰のひもをほどき浴衣をきちっと着直した。隊服の横に立てかけてあった刀を持ち、新八の方へと差し出す。その刀をみて新八が唇をキュッと噛んだ。
「あなたに真剣なんて使いませんよ!こっちだって木刀で十分だ!」
3階から二人が降りてきた。隊士達は笑っていたが、二人の様子を見て少し静かになった。新八から甘い匂いが立ち上るのを土方がやれやれという表情で見守っていた。
「アニさん、木刀」
沖田の言葉を聞いてアニさんが軽く笑う。
「ここは居酒屋ですよ。木刀なんてありません。竹刀だけです」
居酒屋に竹刀が置いてあるのもおかしいと新八は思ったが、普通に出てきた所をみて思わず苦笑してしまった。何に使うのかは深く詮索したくなかった。
「それでいいよ」
沖田の顔からは表情が読めない。手渡された竹刀の一本を新八に投げると軽く握って新八に言った。
「お前が勝ったらサイダー1年分くれてやらあ。そのかわり、俺が勝ったら一生俺の奴隷になれ」
その言葉に新八の頭にカッっと血が上る。
「どうぞ」
勢いで言ってしまった新八をみて土方が少し心配した表情になり思わず言った。
「おいおい、坊主、そいつの奴隷はきついぞ」
しかし新八は口を一文字に結んだままそれには答えず、外に向かって歩き始め、その様子を店にいた隊士達が楽しそうに見送った。
二人が通りに出て構える。外はすっかり暗くなっていたが、周りの明かりが昼間の様に道路を明るく照らしていた。
土方がその間に立って二人の成り行きを見守っている。
「審判はいらねえぜ、相手にひれ伏した方が負けだ。いいよねえ、新八さんよぉ」
「望む所です」