鬼の恋
「なんでぃ、お前らまだいたのかぃ?」
珍しく沖田が神楽の横を通り過ぎた。自分の机をちらりとみてそのまま立ち止まっている。
「ああ、沖田さん、一週間どうもお世話になりました」
日頃の温厚な表情とは一変して新八の口元がキュッと結ばれきつい口調で沖田に向かった。
「色々と小細工していただいたようで。おかげでやりがいがありましたよ」
新八の言葉に沖田は興味なさそうに黙っている。側で笑ってやり取りを見ていた近藤が沖田に向かって口を開く。
「総悟、これから宴席だ。お前も出ろ。色々と世話になっただろ」
「俺の世話なんてしてませんぜ、そいつ。生意気に仕事を選ぶみてえだ」
机の上のラクガキに目を留め、床に書類が散乱しているのを見て無言で神楽の方へ向かって歩き出した。
「俺は出ねえ。勝手にやってろ」
そう吐き捨てて神楽に蹴りを食らわせようとしていた。
神楽は新八の手を振り払いその蹴りを手で受けた。いつもの様に繰り広げられる光景にやれやれと皆あきれていた。
「まあ命令だ。総悟、宴席に出ろ」
近藤の言葉に動きを止めると神楽もそれにつられて動きを止めて近藤の方を見た。
「ゴリラ、こいつ呼んでも面白くないネ。お前も無理して出る事無いアル」
沖田に向かってそう吐き捨てると新八の腕を取って歩き出した。
「さあ、行くアル!」
沖田は無言で二人を見送ると銀時がその後をついていった。近藤と土方が沖田の方を面白そうな顔つきで見ている。
「辞めておくか?」
「いや、近藤さんの命令なら」
近藤は黙って笑っていた。
宴席はにぎやかで、新八は仲良くなった若い隊士達の間を酌をしながらあちこち回って世話をしていた。隊長クラスの席まで行くと「お酒足りないよ!」と声がした方に「はい!」と返事をして立ち上がった。
土方がそんな新八の様子を見て着物の袖を引っ張って座らせ「光正!酒もってこい!」と大声で怒鳴った。
「何だ、お前が主賓なんだぞ。おとなしく座って飲め」
そんな言葉に新八が軽く笑う。
「僕未成年ですから」
そんな新八の近くに少し赤い顔をしいた近藤が一升瓶を片手にやってきた。
「まあまあ、お妙さんには内緒にしてあげるから、な」
近藤がコップに酒を注ぐと新八の鼻先にぐいっと突きつけた。
「で、お妙さんにはこの近藤が・・・」
最後まで言わせずに新八がコップをさっと取った。
「はいはい。姉上にはきっちり近藤さんから飲まされたと言っておきますから」
そう言って一口飲んだ。その言葉に近藤があわてて手を振る。
「え?!だめだよそんな事言ったら!俺殺されちゃうよ?!」
そう言い終わらないうちに新八がコップを空にした。飲み終わると顔を赤くして目が据わり始めた新八がぽつりとつぶやいた。
「まわってる・・・」
その言葉に近くにいた神楽が反応した。
「むわってるネぇ」
神楽は酒を飲んではいなかったが、ご飯を食べ過ぎて急に眠くなったらしい。近くに寄ってきて新八の膝を枕にして寝てしまった。
「もうたっべられ・・・おかわり!」
そう一言言ってすやすやと寝息をたてるとその様子を見た近くの隊士が笑って銀時に言った。
「仲良しさんだねえ」
「ああ?そうだな」
銀時の目は多少すわっていたが、隊士の言葉に照れた様に笑った。新八は膝の上に神楽の頭に手を乗せ、まるでネコを扱う様に柔らかく頭をなでている。
「銀さん、神楽ちゃん寝ちゃいましたよ」
ぼうっとしていた新八が神楽を見つめながら話しかける。
「ああ、後で定春に担がせるからそのまま寝かしとけ」
「ふあーい」
しかし新八も眠そうにしていたのを見て銀時が立ち上がった。
「もう帰えるぞ」
その言葉に土方が反応した。
「ああ?主賓が帰ったら酒がまずくなるだろ?」
「バカか。おめえらのために未成年を酒浸りにする訳にはいかねえの」
そう言って神楽を肩に担ぎ、新八の手を取った。
「ほれ、帰るぞ新八ぃ」
「ふわぁーい」
おとなしく銀時の手にひかれて立ち上がった。新八は部屋の出口まで行くとくるっと向きを変えて部屋の中の方へ向かってお辞儀をした。
「今日はぁ、ありがとうございまひたぁ!!」
と言うと下を向いたまま歩き始めた。部屋の中が笑いで包まれる。新八がふと沖田の方を見ると一人はぶすっとした表情のまま酒を飲んでいた。酔って気が大きくなったのか、新八はべーっと沖田に向かって舌を出す。その様子を近藤達が笑いながら見守っていたが、沖田は一度も新八の方を見ることはせず酒をあおっていた。
「ああ、ごくろーさん」
隊士達が言葉を投げかける。銀時が神楽を担ぎ新八の手を引いて玄関までくると後ろから土方が呼び止めた。
「おい、坊主」
呼ばれた新八がくるっと土方の方を向き頭を上げた。
「これ、もってけ」
「はあ」
ぼんやりとした頭で土方の手の方をみると封筒が握られていた。
「?何ですかこれ?」
土方から手渡された封筒を外から眺める。
「手当だ。近藤さんがやっぱりただ働きはまずいだろうと言ってな」
その言葉をグルグルする頭で反芻する。
「てあて、てあて・・・お手当?!」
急に大きな声を出す新八に土方が笑った。
「一週間分。きちんと計算させて入れておいたからな」
新八がおろおろし始めた。
「え!?こんなの、ダメですよ!賭けに負けたんだか・・」
そう言い終わらないうちに銀時がその封筒を上からしゅっと取った。
「はい、ごくろーさん」
素早く懐に入れいるのを土方が見とがめ、眉毛を八の字にした。
「それは坊主の手当だ。おめえのじゃねえ」
銀時がスタスタと歩き始めた。
「従業員のアルバイトは認めてねーの。ほれ、新八帰るぞ」
すっかり目の覚めたような新八が土方に向かって頭を下げる。
「あの、助かるのは助かるんですけど。良いんですか?」
はあ、とため息をひとつついて土方が言った。
「もちろんだ。あんだけやったんだ。ただ働きさせたんじゃあ寝覚めが悪い」
そして銀時の方に向かって怒鳴った。
「そいつは坊主の報酬だ!ネコババすんじゃねえぞ天パー!」
その言葉に銀時が振り返らずに言った。
「うるせえ、新八おら、早くしろ!」
銀時と土方を交互に見た新八が最後に土方に向かってぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます!」
慌てて走っていく新八を見て土方が困った様な顔をしてぽつりとつぶやいた。
「何であんなヤツにくっついていくかねえ」
次の日、新八は再び屯所の前に立っていた。手には菓子屋の名入りの袋を下げている。門をくぐり屯所の入り口に向かって歩く新八を光正が見つけて声をかけた。
「あれ?新八さん今日も来たんですか?」
声をかけられた新八が光正をみつけて軽く微笑んだ。
「ははは、昨日のお礼にと思って」
そう言って光正に手にした菓子袋を差し出した。
「これ、皆さんで召し上がって下さい」
律儀に菓子折りを持ってきた新八に光正が軽く笑った。
「はい、ありがとうございます。土方さんは見回りに行ったんですけど」
「あ、いいよ別に。よろしくお伝えください」
新八が軽く会釈をして帰ろうとした時、後ろからハスキーな声が聞こえた。
「光正、何してんでぃ、見回りに行くぞ」
ちゃりっという音がした。新八に軽く緊張が走った。
「はい!あ、ちょっとお待ちください」