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かきつばた

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ずっと静かに聞いていたリュナンだったが、自分みたいな奴に会いたくて…と、いうのがよく分からず、思わず疑問を声に出した。
リュナンの疑問に、テッドは微かな照れを見せたが、すぐに満面の笑顔でそれを隠した。
「そのうち分かるさ」
笑顔でそう言うテッド。
「全っ然分からない!」
更に意味が分からなくなり、リュナンは膨れ面になる。
「慌てるな慌てるな。そのうちって言っただろ?」
そんなリュナンの肩を2、3度叩きながら、テッドは笑った。
楽しそうなテッドに、リュナンもつい問い詰める事も忘れ、微笑みながら溜息を1つついた。



そう…あの時はまだ、テッドの言っている事が分からなかった。
紋章の洞窟から過去に飛ばされて、300年前のテッドに出会って、やっと分かった。
ほんの僅かな間、リュナンとテッドの手が触れ合ったあの温もり。
テッドはその温もりを300年の間探し続けたのだ。
テッドはきっと生きている。
きっと再会出来る。
テッドが願い続けて、その願いを叶えた事が分かった今、リュナンもそう願い続けるようになった。
ネクロードを倒し、竜洞騎士団の助力を得る為に竜洞へ来てからも、その願いは消える事は無かった。
だが、願うと同時に言いようの無い不安も芽生え始めた。
そんな不安を拭えないまま、リュナンは数人の仲間と共にシークの谷へ足を踏み入れた。
そして、シークの谷の奥深くでリュナンを待ち受けていたものは…。
ウィンディと、そしてテッドとの再会だった。
突然に目の前に現れたテッド。
だが、リュナンはどうしても喜ぶ事が出来なかった。
栗色の髪も、琥珀の瞳も、表情も、全て自分の知っているテッドと全く同じ。
…だが、何かが違う。
漠然とだが、そう感じた。
そう感じると同時に、体が小刻みに震えだす。
「久しぶりだな、リュナン」
「!」
テッドに話しかけられ、リュナンはビクッと体を強張らせた。
ずっと聞きたかった声なのに、聞いた途端に何故か恐れを感じた。
テッドに対してではない。
何か…別の……とても大きな不安と恐れ。
そんなリュナンを見て、テッドは微笑みを浮かべながらリュナンに言う。
「でも、俺だけ置いて逃げるなんて酷い事するなぁ。
まぁ、許してやるよ。俺とお前の仲だもんな。
さぁ、お前に預けた紋章を返してくれよ。俺はその紋章の力で300年もの間、老いる事無く生きて来たんだ。だから、それが無いと……だから、返してくれよ」
「……」
テッドの言葉に、リュナンは思わず右手の甲を左手で握る様に隠した。
やっぱりおかしい。
震える体のまま、リュナンはテッドを見る。
宿主を不幸にしてしまうと分かっていても、親友に紋章を託すしか術が無く、涙をこぼしながらリュナンに頼んだテッド。
自分の身を犠牲にしてまでも、リュナン達を追っ手から逃がしてくれたテッド。
…願いは信じて頑張れば叶うと教えてくれたテッド。
今、目の前に居るテッドが紡ぐ言葉は、リュナンが知っているテッドが言う筈の無い言葉ばかりを並べていた。
と、その時、
「!!」
突然、リュナンの周囲が真っ暗になった。
何が起こったのか…と、辺りを見回すリュナン。
そんなリュナンに、声が届いた。
「……リュナン……リュナン…。俺の声が聞こえるかい?」
その声はテッドのものだった。
リュナンが辺りを見回すのを止めると、その視線の先にテッドが現れた。
「!……」
リュナンは駆け寄ろうとしたが、ハッとなって足を止めた。
そして、テッドをじっ…と見る。
今、目の前に居るテッドからは恐れも何も感じない。
リュナンの体も、いつの間にか震えが無くなっていた。
やっと…本当のテッドに会えた!
「テッド!!」
リュナンは親友の名を呼びながら駆け寄った。
そんなリュナンを見て、テッドは寂しげに微笑んだ。
そして、そんな表情のまま、リュナンに言った。
「あんまり時間が無いんだ。
紋章とそれを持っていた者…つまり俺とソウルイーターには不思議な繋がりが残っている。それを通じてお前に話しかけている。
俺の体はウィンディの[支配の紋章]によって…既に俺のものじゃない。そして、[支配の紋章]の力はやがて俺の心も…。
だから時間が無いんだ。リュナン、一生のお願いだ…俺が、これからする事を許して欲しい…」
「……」
テッドの切なる願いに、リュナンの口は言葉を紡ぎ出す事が出来なかった。
これからする事……。
ソウルイーターを託されておよそ2年。
この紋章については自分も少しは調べたし、性質等もだいたい分かってきていた。
だから、この状況の中でテッドがやりそうな事くらい考えなくても分かる。
分かるから、言葉が紡げない。
恐さ、悲しさ、そして…結末を変える事の出来ない悔しさ。
言葉の代わりに、涙がこぼれた。
「……どうして?」
頬をつたう涙が後押しし、やっと声が言葉になった。
「300年に比べれば、僕が願い続けた時間なんて無いに等しいよ。
だけど信じてた! 願ってた!
また君と再会出来るって。また一緒に過ごしたいって。
それなのに駄目なのか? それすらも許されないのか?
何で…何で……」
闇の中、小さな鳴咽がテッドの耳に届く。
そんなリュナンを見て、テッドは寂しく微笑んだ。
「リュナン…ごめんな。
俺も、ずっとお前に会いたいと思ってた。
だけど、同時にお前には生きて幸せを掴んで欲しいって、そう願ってもいたんだ。
ソウルイーター託しておいて、こんな事言える立場じゃないけどな」
「………」
こぼれる涙をそのままに、リュナンは口をきゅっと結んで俯いてしまう。
そんなリュナンに、テッドはゆっくりと歩み寄った。
そして、リュナンの右肩に自分の左手をそっと乗せた。
「なぁ、リュナン。俺の他にも、お前の事を大切に思ってくれる人、いるだろ?」
テッドの言葉に、リュナンは首を振ってしまいたかった。
否定して彼を困らせてやりたかった。
だが、そう思った瞬間、大切な家族や友が頭をよぎり、首を横に振る事は出来なかった。
それでも、リュナンは瞳をぎゅっと閉ざして精一杯の反抗をしてみせる。
テッドは、そんなリュナンをしっかりと見つめ、静かに言葉を継いだ。
「もう一度、もう一度、願いを信じてみなよ。
願う事が強ければ強い程、それは奇跡に変わる。
今回は俺の方が願いが強かったから、お前の願いが叶わなかったんだ。
だから、次はきっと叶う。リュナン、信じる勇気で奇跡を起こせ。
俺の、最後の一生のお願いだ」
「っ……」
テッドが言い終わるのとほぼ同時に、テッドの衣服を掴んで顔を埋めた。
その手は涙で震えていた。
そのまま、リュナンは涙声で言葉を紡ぐ。
「馬鹿…馬鹿テッド…そんな馬鹿な事なんか願って…。
もう…泣いてなんかやらないから……笑ってなんかやらないから……」
「リュナン……」
親友の名を小さな声で紡ぎ、涙の止まらないリュナンを抱き寄せた。
決して望まなかった…望みたくなかった。
…親友との別れ。
それは、テッドが自らソウルイーターに魂を掠め取らせる事で、悲しくも現実となってしまった。



親友はもう、戻って来ない。
それが、こんなにも心身を凍えさせる。
親友だけじゃない。
自分はどれだけ、大切な人を亡くしてしまったのだろうか…。
作品名:かきつばた 作家名:星川水弥