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願い事、ひとつ

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例外はない。他の誰かがおまけについていたこともない。皆死んで、全員残らず消えて、静雄だけが何度でも戻ってくる。それがどれほど異常なことか、分からぬ方がおかしいだろう。影であれは死神だと、そう呼ばれていることを静雄だって知っている。ましてや帝人は、士官学校の出ならば縦のつながりがあるだろう。そこから、静雄の噂を聞かないはずがないのだ。
それなのに、なぜ、そんなことを言うのか。
分からなくて、どう答えるべきなのか判断をつけがたく、静雄はただ、まっすぐにこちらに向けられる少年の瞳を見つめ返す。
少年は小さく笑って、ゆっくりともう一度頷いた。
「それでいいんです、あなたは」
言われた言葉は静雄には理解できない。
いいはずがない。親しく言葉を交わした友も、静雄を不憫に思って引き取ってくれた陸軍学校の先輩も、中には自分に憧れているだなんて迷い事を言って、きらきらとした目で静雄を慕ってくれた兵士だっていた。
それらが全員、誰も、残らなかった。
ある時は急な奇襲で目の前で粉々になって、ある時は地雷を踏んでどこかへ吹き飛んで、ある時は、死ねと命じられて砲弾の中へ飛び込まされて。そうしてみんな、静雄のそばから消えて言った。
お前のせいだと、誰かが罵ってくれたならどれほど楽だっただろう。
けれども実際、どの隊が壊滅したとしても、それは決して静雄のせいなんかではなくて。
そして周りもそれを、知っていた。
そんな静雄が、そのままでいいとはどういうことだ。それでも欲しいというのは、どういう意味なのだ。睨みつけるようにして見つめた帝人の口元は、かわらず緩やかに微笑みを浮かべている。
「・・・ええ、あなたが死神と一部で言われていることも、十分存じ上げています。それでも僕には、あなたが必要なんです」
彼がどれほどの童顔だとしても。
静雄よりずっと年下で有ろうその少年が浮かべるには、あまりにも不釣り合いな、大人びた表情をするから。
恐れもなく、ただ何かを悟ったような顔を、するから。
静雄には何も言えなくなってしまう。
そんな静雄に手を差し伸べて、帝人はもう一度、繰り返した。


「私の・・・いえ、僕の隊にきてください、静雄さん」


その、手のひらを。
静雄は長い長い時間をかけて、ゆっくりと、取った。
それが静雄の、生涯ただ一度の敗北。





あっさりと許可が下りて、晴れて静雄が帝人の隊に配属になったのは、その二日後だった。
第七小隊は、今まで静雄がいたどの小隊とも異なっていた。それはひとえに、隊長である帝人がまだ十五歳の少年だという点からも分かるが、それ以外の点でも他の隊との隔たりが大きい。
まず、第七小隊では階級を一切気にかけない。帝人を隊長とすること以外、呼び名も記録もすべてに置いて階級を排除している。
次に、彼らは暗中飛躍の立場にあり、表舞台には決して立たない。それは褒められるものではないが、しかし彼らのような部隊が戦争には必ず必要だった。軍部において、第七小隊というのは謎の多い部隊でもあった。そして彼らの行うことは主に、他の小隊が戦いやすい戦場を作ること、ただそれだけだ。
「たとえば、Aという敵軍基地があるとしましょう。軍の上の方の人は、どちらの方面からどう攻めるのが一番良いのかと考える。そしてこうしようと決めた侵攻方向が、北方面からだったとします。私たちの仕事は、そのA基地に、どちら方面から攻撃が来るか分からないよう、四方八方からちゃちゃを入れることです」
軽く言ってのけた帝人の言葉通りに、第七小隊は戦地をひっかきまわす。時にはニセ文書を用意してわざと敵に解読させたり、あるいは電波妨害を駆使して一時的に敵の無線を遮断するといった簡単なものから、狙撃暗殺を含む高度なものまで、何でもありだ。
だが、そんな第七小隊も、強力な後ろ盾を亡くして解散が間近なのだという。そして帝人が説明した「最後の作戦」に、静雄はうろたえた。
ほとんど、恐怖したと言ってもいい。
なぜなら、その最後の作戦とやらは、そりゃどう考えても死ぬだろうが、というようなものだったからだ。


「死にに行くのかよ!」


こんなものを実行しようなんて、正気ではない。静雄は隊長に向かってどなり声をあげると言う、軍部に置いては罰則ものの行動をとったが、それは第七小隊すべての総意だったに違いない。
「敵にちょっかい出しながら用意された舞台におびき寄せるなんてなあ、容易にできることじゃねえんだよ!誘導なんて、冗談じゃねえ、囮だと素直に言ったらどうだ!」
しかもそれを、帝人はできれば自分ひとりでやりたいとさえ言ったのだ。死ぬことが解っていて、隊員たちを犠牲にしたくないということなのかもしれないが、軍部でそれを言うのは隊員を信用していないということと同じ意味だ。
「少なくとも、隊長が一人で行うのは無茶です」
「そうです、ここまで一緒にやってきたじゃないですか!俺たちもお供しますよ」
口々にそう言う隊員たちの様子は、無理をしているようには決して見えなかった。静雄から見れば幼い子供であっても、帝人はきちんと隊長として、隊員たちからの信頼も厚いのだろう。
「・・・無理ですよね。できれば、一人でやりたかったんですが。でも、できるだけ少数で行きたいんです、みなさんよく考えてください」
感動的な部下たちの言葉にも、帝人は決して表情を崩さなかった。そしてしっかりと、決して人数が多いとは言えない第七小隊の一人一人を見据えて、言う。
「私は・・・いや、これは僕の個人的な意見ですから、竜ヶ峰帝人個人として言います。僕は、これが第七小隊の最後の任務と分かっています。そして、これから生きて帰ったとしてもあなたたちを待っている結末は似たり寄ったりではないかと、考えています」
帝人が言うのは、情報操作がなされた戦況のほうではなく、兵士たちが肌で感じる実際の戦争の現状のほうだ。
この戦争は負ける、と前線を見た兵士たちは確信している。
もちろん、上層部とてそれを知っている。
けれども彼等は決して、あきらめようとしなかった。いや、もしかしてまだ理解が追いついていないのかもしれない。ほんの少しでも有利にならないかと、日々必死になっているだけなのかもしれない。
この作戦から帰ったとして、兵士たちを待っているのはそういう現実だ。またすぐにどこかの隊に吸収され、その隊は前線へと駆り出されていくのだ。何度か死線をくぐれば、そのどこかにうっかり引っかかることもあるだろう。
帝人はそれを冷静に指摘する。
「けれどもやっぱりこの作戦は危険極まりないものですから、残った方が生き残る確率は高いでしょう。あなたたちには、よく考えてほしいんです。少しでも死ぬのが怖いと思うなら、この作戦に来てはいけません」
これは死ぬのを覚悟した人間が行わなくてはならない仕事だと、その唇が言う。
静雄は低く唸って、最初に問いかけたことをもう一度問うた。


「お前は、死にに行くつもりなのか?」


つい先日、静雄を引っ張り上げたその手で。
みすみす囮になりに、戦場へ行くのかと。
怒りを押さえて帝人を見据えた静雄の目をまっすぐに見返して、帝人はきっぱりとそれに答えた。


「そうです」

作品名:願い事、ひとつ 作家名:夏野