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『回顧・三人の好奇心・新しい年へ』

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「そうなの? ……じゃああたしはほんの風味程度に――」
「いやいやミドリ、何事も経験が大事! ここはガツンと入れるべきだよ! まあまあまあまあ!」
 調子よく言いつつカナはミドリの隙を突いて、カップにウイスキーを注いでいく。
「あーーっ?!」
 ミドリはあんぐりと口を開けてその様を眺めるしかなかった。――が、我に返るとカナからボトルを素早く取り上げた。
「あんた! どんだけ入れてんのよ!」
「いってえ!」
 ミドリはカナを小突くもそれだけではもの足りず、キッとわたしのほうに狙いを定めた。その目はまるで目標を見定めたカラスのよう。わたしは自分のカップをミドリの魔の手から守らなければならない!
「ミドリ……? やめない……? 穏便に、ね?」
「ダメよ! こうなったら一蓮托生! 三人は運命共同体よ! ……カナ!」
「合点承知!」
 カナは間髪おかずにシュタッと私の後ろに回り込む。すぐさま両腕を押さえ込まれてしまった! なんなの、この二人のコンビネーション?! そうしてミドリはニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべると――
「いやあああ!」
 とぽとぽと容赦なくカップにウイスキーを注いでいく。わ、わたしの紅茶が……。
「……それをただ見つめるしかない無力なヒカリなのでした。でも彼女は知っています。『お酒を飲んでみたい……』そんな自分の好奇心が抑えられなくなりつつあることを――」
「カナ! 勝手に変なナレーション入れない!」
「ふう……。悲しい復讐だったわ」
 やれやれ、とミドリは目を閉じ、演技を交えて言う。だったらしなければいいのに。
「だよなあ。復讐はなにも生まないよ」
 カナは笑いながらそう言って、自分の席に戻ると懲りずにまた紅茶を注ぐ。
「さあ、もうこうなったら飲むわよ!」
 ミドリは覚悟を決めたように宣言してカップを傾けた。
「おおー、いい飲みっぷりじゃん!」
 やんやと喜ぶカナ。もしかしてもう酔ってる? 一方のミドリは咳き込みながらカップを置いた。なんとミドリは一気に飲み干していた。
「ふぅ……確かに変な味……だけど不思議とクセになる……かも」
 ミドリはわたしを見据えた。
「さあ、ヒカリの番よ!」
「ほらほら、怖くない、怖くない!」
 二人に煽られて、わたしは顔で笑って心で泣く。普段より多めに砂糖を入れて、紅茶のにおいを嗅ぐ。やっぱりお酒独特のにおいがする。ええい!
 こうしてわたしは自身の灰羽歴初、とうとうお酒を飲んでしまったのだ。……やってしまった――!
 そんなわたしを横目に、ミドリはカナに再度ついでもらっている。はやくもウイスキーの小瓶は空になってしまった。

 それからしばらく。わたし達は他愛もないことできゃあきゃあと、いつもより騒がしく歓談していたのだが――
 不意にわたしの身体に異変が起きた。なんだろう、この感覚……? 身体の芯から熱さが湧き上がってくる。どくどくと鼓動をうつ音が聞こえてくる。顔がじんじんと熱い。
「あっはっは。ヒカリ、顔真っ赤だよ!」
 カナがケタケタと笑った。一方のミドリは目をとろんとさせながら黙々と食べている。
「ふふ。なんかね、とおっても、いい気分なのよ」
 意識が宙をふわふわ舞っているような不思議な感覚。そうか、これが“酔っ払う”ってことなのね――。
「ちょっ……、ヒカリ?!」
 ――わたしの記憶はそこで途切れた。


◆ ◆ ◆


 わたしが我に返ったとき、すぐそばにカナの顔があった。わたしは目をしばたく。状況が掴めない。ゲストルームのベッドで毛布を掛けられ眠っていたのだと分かるのにしばらく時間がかかった。わたしの横ではミドリがスースーと寝息を立てている。
「だいじょぶ? あー……その、ごめんな」
 カナはばつが悪そうにぼりぼりと頭を掻きながら言った。そうだった。ウイスキー入りの紅茶を飲んで酔っ払ってしまったのだ。
「もう!」
 わたしは眉をひそめ、いちおう怒ったそぶりをしてみせる。
「ごめん! もうしない!」
 カナは『このとーり』と手を合わせてひたすらペコペコ拝む。その懸命な姿を見てると、なぜだか可笑しくなってくる。
「……いいわよ。お酒が効いたのかな。もうすっかり元気になったみたい」
 カナに微笑みかけるとわたしは身を起こした。同時にミドリも目を覚ましたようだ。眠そうに目をこすりながらむくりと起き上がる。
「んー……今何時?」
 寝起きのミドリは不機嫌そうだ。
「きっかり十一時半」
 カナは手持ちの懐中時計を見やった。
「大変! もう今年も終わっちゃうじゃない! カナ、行くわよ!」
「あ……みんなで風の丘へ行くんだったっけ」
 わたしはつぶやいた。
「のんきねえ! あたし達が行かないと示しがつかないでしょう。あ……でもヒカリは無理しなくていいわよ。身体に障っちゃったら大変だもの」
 ミドリの気遣いに感謝しながら、わたしは起き上がった。心身ともに、もう大丈夫。
「でも……うーん……頭痛い。あたし、お酒はこりごりだわ。水飲みたい」
 ミドリは苦虫をかみつぶしたような表情で頭を抱えた。
「ミドリも済まないね。ちょっと調子に乗りすぎた」
 カナは殊勝にも、ミドリとわたしに水の入ったグラスを持ってきてくれた。
「そんなにションボリしないでよ、あんたらしくもない。……そう言うカナはなんともないわけ?」
「あたし? ちょっと酔っ払ってた。ヒカリとミドリを寝かしつけたあと、テーブルに突っ伏してた。でもだいじょぶ! お二人さんの具合が良ければ出かけるよ!」
 ラッカ達には内緒にしておこう。カナがそう言って人差し指を唇に当てたとき――

 ゲストルームの扉がノックされ、ラッカ達が入ってきた。グリの街から風の丘に行く前に一旦帰ってきたのだ。
「あ、ミドリ? いらっしゃい。ゲストルームに明かりが灯ってたから来たんだけど……ヒカリ、熱はどう? だいじょうぶ?」
 ラッカが心配そうに声をかけてくれた。わたしはちらりとカナを見る。しーっ、と彼女はゼスチャーした。
「うん。すっかり良くなったわ」
「あ……ああ、早かったね。あたし達、もう出るところなんだよ。行こうか、ラッカ」
 カナの声がうわずっている。
 その時、マヒルがわたしに近づくと、すんすんと鼻をきかせた。
「……なんかヒカリ、変な匂いするよ? ねえマシロ?」
 わたしはドキリとする。困ったなあと思いつつ秘密を分かち合っている二人を見ると、カナもミドリも素知らぬ顔であらぬ方向を向いている。三人だけの秘密が早くもあばかれようとしているので、気が気でないのだ。この年格好で飲酒なんて、どっちかというと後ろ暗いことだもの。
「ホントだ。なんだろうね。この部屋に入ったときから変な感じがしてたんだ」とマシロ。
「あー! カナもミドリも同じ匂いがする!」今度はマヒル。この二人の感覚はとっても鋭い。
「まさか、お酒?! ……カナぁ?」
 ラッカが状況を察し、非難の表情をカナに向ける。カナはあっちゃあと、きまりが悪そうに顔に手を当てた。ミドリとわたしはなんとか言い訳を口にしようとしたけれど、こういうときのラッカにごまかしは通用しない。