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Days / after my life

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試された日





まだ朝になりきらない、暗い空の下、午前3時の空気はどんよりと濁っているようだ。
一人の小柄な少年がとある田舎駅の駐車場にたどりついたとき、そこには一台の車しか止まっておらず、あたりは静寂が包んでいた。人がいないのは当たり前だが、空気さえ眠っているかのようなその静寂に少年は小さく息を吐く。
さて、どうしたもんかな。
同年代の少年たちと比べても特に童顔なその顔を少しだけ歪めて、少年はその駐車場に止まるたった一台の車を見つめる。それはどこからどう見てもごく普通のファミリーワゴンだが、それが普通の車でないことを少年はよく知っていた。
大体、普通の車はタイヤに銃弾ガードなんてつけるはずがないだろう。
少年・・・黒沼青葉は、その車の持ち主を知っている。
知っていると言うか、思いっきりお世話になった人でもあるので、余計に頭が痛いのだ。あの人に勝てるわけがない、というか、こっちの癖を全部知られているような相手なのに、よりにもよってその人を殺せと言われるとは思わなかった。
青葉は真夜中にかかってきた電話で、それを依頼されたとき本気で頭を抱えたものだ。まだまだ駆け出しの殺し屋である青葉とは違って、相手はこの道の本当の意味でプロである。
勝てるわけがない。
青葉はもう一度そう思って、小さく息を吐いた。
問答無用で殺されることはないだろうけど、そのまま無事で帰れるとも思わない。でももしかして、万が一にでも眠っていてくれていたならば・・・?
青葉は半分祈るようにそんなことを思って、足音もなく車に忍び寄った。
あと5歩、4歩、3歩・・・。



「そこまで」



突然横から飛んできたナイフを、青葉は寸でのところでよける。ひっこめた手の流れのまま、振り返って一歩飛びのいた。
その間、実に1秒ほど。
青葉は一つの音もたてない。けれどもナイフを投げた相手はと言えば。
「・・・ほんと、ムカつくんだよねそういうの」
黒いコート。
夜の闇に溶け込むような、黒髪の、黒い黒い、男。
青葉は軽く目を見開いて、ぱちぱちと三度瞬きをした。彼が、誰かと一緒だという情報は握っていたが、ただの運転手か何かだと思っていたのだ。
黙ったままの青葉に向かって、もう一度ムカつく、と繰り返した黒い男は、自らが放ったナイフを蹴り飛ばした。青葉に拾われないようにという配慮なのか、車の下に入るように、だ。


「帝人君に何するつもり」


冷え冷えとした声を発するその男は、決してただものではない。何か武術をやっているのだろう、身のこなしに隙がないな、と青葉は一つ息をのんだ。
青葉とて、決して生半可な技術で殺し屋を名乗っているつもりはないが、まだまだ体のつくりが半端な中学生という身分だ。武道の心得のある大人を相手に、飛び道具がないとちょっと辛いものがある。


「何って、それを知ってどうするつもりなんですか」


とりあえず声はいつも通りに軽口をたたく。帝人君と、この男があの人を呼んだということは、青葉にとって非常に驚くべきことだった。
帝人は決して、どうでもいい相手に本名を教えたりはしない。
青葉だって、その名前を教えてもらうまでに出会ってから三年もかかった。それを知っているということは、帝人にとって近しい人物と認められるということだ。けれども青葉がいくら記憶をさらってみたって、この男の姿は今まで見たことがない。
自分の知らない、帝人の近しい人物。
そんなのを、快く見れるはずがない。
青葉は鋭く目の前の男を見据えた。この男は誰で、帝人とどういう関係で、そしてどうしてここにいるのかを問いたださなくてはならないと思った。
帝人と対峙する前に、だ。
男は、コートの内側からナイフをさらに取り出して、青葉に負けじとこちらを睨む。その目に宿る光が、青葉には余計に癪に障った。こういう人間を、帝人が特に好むことをよく知っている。
「ちょっとくらい帝人先輩に優しくされたからって、良い気にならないことですよ」
声が勝手に、そんなことを言う。
自分で思っていたよりもずっと冷たい温度のその声が、明確に青葉の不機嫌を物語っていた。認めざるを得ない、これは、恐らく嫉妬と言うやつだ。
青葉は帝人に対して、様々な感情を抱いていた。それは青葉をこの世界に引き込んだ彼への恨みだったかもしれない。生き残るすべを教えてくれた彼への感謝だったのかもしれない。彼が青葉を他の人間よりも少しは気心の知れた相手だと思っていたことへの、ちょっとした優越感、時折厳しく叱られる言葉への執着、あるいは、それは。
行きすぎた憧れ・・・だとか。
恋とかいうものなのかも、しれなかった。
「あの人は孤高で、誰も必要としない。あんたがどれだけ帝人先輩に固執したって、帝人先輩はあんたには絶対に執着なんかしないんだから」
分かってるでしょうけど、と青葉が言う。
それはそのまま青葉自身に突き刺さる言葉だったけれど、青葉は彼の特別になることなんてとっくの昔にあきらめていた。
帝人と言う人間はそういう人だ。周りが彼を必要とすることは多くても、彼が誰かを特に必要とすることなんて今までなかった。与えるのが上手くて、与えられることを拒むのが自然で、だから誰ひとり、彼には何も残せない。
青葉だって、たまたま帝人に殺し屋としての教育を受けたから名前を覚えてもらっているだけで。恐らく1年も顔を合わせずに過ごしたなら、きれいさっぱり帝人の中から消え失せてしまえる。そういう、人なのだ。
誰にも染まらない透明。
何も残せない、ただの、透明。それが竜ヶ峰帝人だ。
だから、余計に。
「あんただって、ここで死んだら、明日には帝人先輩の中から消える」
それはそのまま青葉にも言えることだろうけれど。
それでも言わずには居られなかったのは、ちっぽけな自尊心とかいうものが、こんな男に負けてたまるかと青葉の中で燃え立つからだ。
しばらく無言のうちににらみ合った相手は、唐突にはっ、と息を吐き出して、それからどうみても悪意しか読みとれないような顔で笑って見せた。
ああ、ますます、気に入らない。
舌打ちをしそうになる青葉に、黒い男は言葉を投げる。


「自分のことでしょ、それ」


切り返しはピンポイントで、青葉の心をえぐれるところをきっちりとついてきて。
「なぁんだ、帝人君を殺しに来た殺し屋だと思ったのに。君からは帝人君に殺意を向けられた時の何十分の一の迫力さえ感じないし、おまけに聞いてもいないことをそんなぺらぺらとしゃべるし、大したことなさそうだね?」
へらりと笑った顔は、酷く軽薄そうに見えて、青葉の苛立ちをあおった。なんでこんな男を連れているんだと、帝人への不満も相まって一層憎い。そりゃあ、青葉は童顔だし、帝人と一緒にカーチェイスをするには不向きだろうけれど、それでも声をかけてくれれば役に立って見せる自信があった。
それなのに、だ。


「・・・それでも、あんたくらいなら、俺だって殺せるんですよ・・・!」


青葉は音もなく跳躍した。
数歩分離れていた距離を一気に詰めて、ナイフを叩き落とそうと一撃を入れる。男はモッズコートを面倒そうにひるがえして、それでも間一髪のところでそれをよけると、代わりに長い脚を駆使して青葉に蹴りを入れてきた。
作品名:Days / after my life 作家名:夏野