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Days / after my life

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埃っぽい倉庫に足を踏み入れてすぐ、差し出されたのは車の鍵だった。俺はそれを受け取ってから、鍵と目の前の車を交互に見る。
一見、平凡なボックスタイプのファミリーワゴン。しかし帝人君がわざわざここに隠していた車なのだから、疑ってかかったほうがいい。案の定、手にした鍵にメーカーロゴがないので、おそらくは改造車だ。
「マニュアル車だったりする?」
「一応オートマですよ。でも、スピードが結構出るんで気をつけてください」
「ああ、そういうこと」
加速しやすい車なんだろうか。それでもオートマなら問題はないだろう。人並み以上に運転はできるつもりでいる。
「出してください。道は指示しますから」
「了解。っていうか、これ俺がいなかったらどうするつもりだったの?」
「そりゃ自分で運転しますよ。帽子かぶってサングラスしてマスクして、いかにも怪しい姿になってね」
「ちょっと見たかったかも」
軽口をたたきながら、手早く車の運転席に入り込み、帝人君が助手席ではなく後部座席に乗り込んだのを確認してからエンジンをかける。燃料はもちろん満タンだ。
「そっちのシャッターぶち破っちゃってください」
「帝人君かっげきー」
ひゅうと口笛を吹いて、言われた通りにアクセルを踏み込んだ時、同時に反対側のドアが破られた音が響いたのだけれども、それもシャッターをぶち破る音にかき消されて。
「まっすぐ行って、三つ目の角右曲がって!」
「了解!」
あとはただ、帝人君の指示通りに車を飛ばす。
その結果が路地のカーチェイスとさっきの帝人君の射撃戦というわけだ。



「っていうか、何、あいつら!?」
今さらだけれども、ようやく静かに車を走らせられるようになった道路で問いかける。帝人君はまだ鋭い目つきで後ろを見つめていたが、それでも質問にはすぐに答えた。
「何って、殺し屋でしょ」
あまりにあっさり告げられたから、大したことじゃないような気がしてくるけれど。実はすごく大変なことじゃないのか。
「なんで殺し屋が殺し屋に狙われるのさ!」
「そんなの、依頼キャンセルしたからですよ」
はあ、と大きく息をついて、帝人君はぐっと伸びをして見せた。神経を張り詰めていたので肩が凝ったのだろう。追いかけっこをしているうちに大分夜の闇が濃くなってきているので、見張りをするにも疲れそうだ。
まあ俺も、運転するの疲れるんだけど。
「金払いが良いんで有名な依頼主でして。わがままなんですよ」
「帝人君より?」
「金ですべてを思い通りにしてきた人種ですよ?それこそ、静雄さんを殺せって言ったのだって、どうせ強いって有名な奴だから殺して騒ぎにしてやれってくらいの、軽い気持ちだったんじゃないですかねっていうか僕がわがままだって言いたいんですか臨也さん。ちょっとしつけを厳しくしなきゃいけませんね!」
そんなもんでシズちゃんが・・・あのバケモノが死ぬもんか、と俺は心の中で舌を出してみたりしたけれど、それより帝人君の台詞後半が重要だ。
「しつけって!俺役に立ってるでしょ!」
「ええ、まあそりゃ助かりますけど。っていうか僕のどこがわがままなんですか」
事と次第によっては許さない、とでも言うような鋭い視線をミラー越しによこす帝人君に、怖いなあもう、と呟いて俺は息を吐いた。
「それは置いといてさあ」
「臨也さん?」
「ってことは何?そいつ、帝人君が死ぬまで他の殺し屋を雇い続けるつもりなの?」
「・・・違うと良いんですけど」
帝人君の声からは何の感情も読みとれず、ただ、帝人君がそれに関しては特にどうでもいいと思っていることだけが伝わってきた。
「臨也さん、殺し屋ってどんなシステムで動いてると思います?」
「へ?ああ、俺が聞いたのは斡旋サイトで組み合わせて、ってやつかな」
「そうです。つまり殺し屋の数が減るとねえ、そのサイトの運営元が困るんですよ」
突然そんな話をしだした帝人君の声は、どこまでも平坦だ。俺は初めて知る情報に耳を傾ける。殺し屋斡旋サイトなんて、ネット社会の闇の闇、一番深いところにあるようなサイトで、さすがの情報屋にもめったにお目にかかれないものなのだ。
興味がないと言ったら嘘になるし、帝人君にかかわる重要事項でもある。
「相互に紹介し合って、紹介手数料でも取ってるの?」
「そう、しかもそれ、成功報酬なんです」
片手で携帯をいじる帝人君が、小さく笑い声をたてて続ける。
「さて、ここで問題です。一人の殺し屋を殺すために同じサイトで殺し屋を雇います。しかし、雇われた殺し屋は失敗して逆に殺されてしまいました。その場合誰が一番損失を被るでしょう」
「・・・言うまでもないじゃない。斡旋元のサイトだね」
「ご明答」
つまりそう言うことです、と帝人君はこともなげに言った。
ああそういうこと、と俺も納得して頷いた。
そのサイトにとっては、帝人もまた戦力として使える殺し屋だ。そしてその殺し屋を殺されると言うことは、自身の商売に影響をきたすことである。一度や二度なら客の顔を立てて殺し屋を派遣するかもしれないが、その都度派遣した手駒を消されたら、サイトにとっては大きな痛手にしかならない。しかも成功報酬なので、サイトには手数料が全く入ってこないというわけで。
「・・・繰り返せば、依頼主のほうが消されるね」
「当然でしょ。っていうか、そっちのほうがずっと手間がかかりませんよ」
金払いの良い客なんて、この業界には掃いて捨てるほどいる。一人や二人いなくなったところでまたすぐに次の常連がつく。そういう世界なのだから。
「あ、臨也さんそこから●●街道に入って、国道△△号沿いに南に進んでください」
「どこに行くか決めてるの?」
「好きなところに行きますよ。あなたは僕についてくるって決めたんなら、黙ってついてきなさい」
いい子だから、と帝人君の声が耳をくすぐる。
一瞬ゾクっとするくらいに色めいた声に聞こえて、俺は思わずミラー越しに帝人君の横顔を盗み見た。冴え冴えとした瞳が、夜の闇を、何もかも見透かすようにじっと見つめている。その横顔は、緊張を強いられる状況にあってどこか楽しげで、そうして最初に彼に出会ったときのように、酷く惹きつけられる艶を感じさせる。
ああ、この横顔は俺が恋をした顔。
夜の闇にも似た世間の闇をにじませながら、それでもそれに染まり切らない純粋な少年らしさを併せ持つ、アンバランスでいてとても綺麗にバランスの取れた「竜ヶ峰帝人」の横顔だ。
その横顔が、ちらりとミラー越しに俺に目を合わせて、小悪魔めいた微笑を見せる。まるで俺の考えなど全部お見通しだとでも言うように。
「ちゃんと集中して運転して」
それから見せつけるようにその指先を、帝人君自身の唇にゆっくりと這わせた。



「無事に逃げ切ったら、御褒美あげますから。ね?」


作品名:Days / after my life 作家名:夏野