Days / after my life
突き出された足を、多少のダメージは無視して受け止め、そのままそれを掴んでやろうとしたが、相手もそんな青葉の動きを呼んでいたのか、すぐにするりと離れていく。
軽く舌打ちをした青葉は、そのまま地面をけり上げた。
田舎の駅の駐車場は、決して手入れの状態が良いとは言えない。積もった砂がばらばらと音を立てて男のモッズコートを襲い、目に入らぬようにとっさに顔をかばう、その一瞬をついて再び懐に入り込み、思いっきりその腹に肘を食らわせる。
「っ!」
男は青葉の一撃に後方に飛んだが、すぐに地面に手をついて体制を立て直し、鋭い視線で青葉の次の行動を制した。やっぱり男には、なにか武術の心得が確実にあるようで、思わず動きを止めてしまう自分に舌打ちをした。
素人ではないが、玄人でもない。
こういう人間は裏の世界にはごろごろいる。まだ玄人になる前の原石とか、そう言う存在。アドバンテージは自分にあると青葉は理解しているのだが、さっきからどうもやり辛い。決して、この男のせいではなくて。
だったら原因は一つしかない。
「・・・帝人先輩、後ろからプレッシャーかけるのやめてくれません?」
あきらめたように息を吐き、ゆっくりと振り返れば、ファミリーワゴンのスライドドアにもたれるようにして彼がいた。
その、冴え冴えとした青い瞳が、月下、静かに2人の戦いを見つめていたのだ。無個性なその顔だちに、面白いものを見ているというような、好奇心に満ちた笑顔をたたえて。
「どっちが勝つかなって思ってね。まあ、今のままだったらやっぱり青葉君に分があるかなあ」
追われていると言う自覚があるのかないのか。
無造作にそう言った帝人は、ステップでも踏むように軽くワゴン車から地面に降り立つ。そう、一見無防備でいて、どこにも隙などありはしないような空気をまとって。
「今のままって言うのは不満です。そんな男よりずっと俺の方が将来有望じゃないですか」
読めないその表情を探りつつ、青葉は言う。帝人の機嫌のよしあしなど、表面の笑顔なんかでは決して計れるものではないのだ。
「どうかな、それは本人の努力次第だと思うけど。ねえ臨也さん?」
おいで。
静かな空間に投げかけられた声に、黒いコートの男が反応する。一瞬ちらりと青葉を睨みつけて、その奥で微笑む帝人を見つめる。帝人のもとへたどりつくためには、青葉を通り過ぎなければならない。剣呑な目が痛いほど青葉を睨んでいた。
「・・・なんでそんな男を、あなたのような人が構うんです」
その視線を受けながら、青葉は帝人に問いかける。
あくまで透明を貫く帝人が、誰かをそばに置くなんてことを、認めたくない。しかし、苦々しげにそう問う青葉に対して、帝人が返したのはとてもシンプルな答えだった。
「好みだからだよ」
飾り気のない、嘘も偽りも混ざらない言葉に、青葉が愕然として、臨也は嬉々として顔をほころばせる。そんな見事な対比に、帝人はやっぱり面白そうに笑って見せた。
「青葉君もねえ。うん、青葉君も結構、好みだったんだけどね。けど青葉君は綺麗に歪んでるから、そこがね。臨也さんはその点、歪み方も汚くてすごくいいよ」
何でもないことを言うようにそんなことを言って、帝人はその手の平でもてあそんでいた5センチほどの針を3本、左右の手でお手玉でもするように弄った。
その針と針がぶつかり合う音に、青葉は一瞬肩をすくめる。
あれが翻ったが最後、帝人は簡単に自分を殺すだろうと言うことを、よくわかっていた。
「君で最後なの?」
無造作に帝人が尋ねる。
帝人に対して派遣される殺し屋が、ということだろうか。
「・・・分かりません。金ならいくらでも積むからとにかくあなたを殺せとわめいているようです」
「成金ってほんと立ち悪いよねえ」
かしゃり。聞き手に針を持ち直し、帝人は携帯電話を取り出した。そのまま短縮でどこかに電話をかけたかと思ったら、すぐに話し始める。
「もしもし?帝人ですけど。・・・はあ、すみません。・・・ええ、それなんですけど。面倒くさいしあなたたちにも不利益しか生まないでしょ。僕が依頼しますから青葉君、そっちにやってくれません?」
殺し屋たちの斡旋をしている組織が相手だと、すぐに青葉も臨也も気付いた。一瞬緊張を走らせた空気の中、帝人だけがただ楽しげに笑っている。
「・・・そうですねえ、いいですよ。7億ってとこかな。・・・はい、交渉成立」
電話はすぐに切れた。そして、帝人はやっぱり読めない表情のまま、聞いてたね?と問う。
「・・・依頼主だった男に、ターゲット変更すればよろしいんですか」
「そういうこと。僕が依頼するんだから、完璧にお願いね」
「・・・上がそう指示するのなら」
しぶしぶと答えたけれど、上は指示するだろうと分かっていた。個人のわがままに付き合い続けて損をするなんて馬鹿らしいこと、どうせ遅かれ早かれ上はやめただろうから。
そして青葉が理解したうえでそう答えたことを、帝人も分かっていた。青葉君はもう少し顔に出さない訓練したほうがいいよね、と笑う。
その笑顔には何も言えなくて、だから青葉は臨也のほうに視線を映した。いつの間にか帝人の隣にちゃっかりと寄り添って、しつこく青葉を威嚇しているその男に、投げかける。
「お前、帝人先輩の何だよ」
青葉のその問いにも、答えはシンプルに返る。
「設定上は黒猫らしいよ」
「はあ?」
「愛玩動物。飼い主がいなきゃ、死んじゃうってわけさ」
大真面目にそんな言葉を返されて、青葉は一瞬本気で声を失った。瞬きを3回、ゆっくりと繰り返して呼吸を整える。
愛玩動物。この可愛げのない生き物が?これをどうやって愛でるって?
「・・・帝人先輩?」
すべての疑問を集約した問いかけに、帝人はただただ、楽しそうに笑う。
「こう見えて役に立つんだよ、料理できるし」
返った言葉は、つまり肯定だ。帝人は本気でこの黒い男を、愛でることができるらしい。
青葉は大きな目を見開いて2度、帝人と臨也を交互に見たが、やがて大きく息を吐いて、おおげさなほど肩を落としてみせた。
「趣味が悪すぎて、いっそ感心しますよ」
作品名:Days / after my life 作家名:夏野