Days / after my life
生かされた日
少しの仮眠をとった田舎駅をあとにして、帝人君が向かったのは山奥の古びた山荘だった。避暑地で有名なところなので、真夏にしては涼しい。
しかも、この山荘は古びてはいても作りからしてかなりの金持ちのものだと推測される。大きな庭まで付いていて、帝人君がついたことを知らせれば住み込みのお手伝いさんとやらが飛んできた。
「・・・うわあ」
「なんですか」
「帝人君のよそ行きの笑顔久しぶりに見たなと思って」
そんな小声の会話のあと、帝人君は無言で俺の足を踏みつけた。黙ってろということらしい。地味に痛い。泣きそう。
人がよさそうで、なおかつ帝人君を心から可愛がっていそうな老夫婦が、中は掃除してあるから自由に使うようにと言って、ちょうど朝方だったので朝食を作ってもらう。
純和風の食事を綺麗に平らげたあと、帝人君は俺ひとりを置いて出かけてしまった。すぐ戻りますから,いい子にしててくださいねと頭をなでられた俺は、あてがわれた部屋でごろごろと転がりながら帝人君を待つことしかできない。いい子にしていろというのは、つまり、うろちょろ出歩くなということだからだ。
夜通しの運転のせいで体がだるかったのもあって、俺は少し仮眠を取ることに決めた。クーラーのスイッチを切って寝転がった布団からは帝人君の匂いがしなくて、そんな違和感が少し寂しかったけれど。
これから俺はどうなるのかなあ、と考えながらまどろめば、すぐに睡魔がやってきて意識を引きずって行くのがわかった。
戦士には休息が必要だ。ほんと、先人の言葉はいつだって正しい。
「はい、どうぞ」
目覚めたとき、そこには帝人君が居て、俺の眠るベッドの端に腰掛けながら、携帯を操作していた。寝ぼけ眼で起き上がった俺に、携帯の方を一時中断して、帝人君は一枚の紙を差し出す。
「え?俺の?」
よくわからないまま差し出された紙を受け取り、回らない頭でそれを見る。
1回、2回、3回。たっぷり瞬きをしてようやくその内容を理解した俺は,盛大に奇声を上げた。
「ぅええええ!?ちょ、っと、ま、えええ!?」
「煩いですよ臨也さん、静かに」
「だ、だって帝人君、これ・・・!」
それは、俺の戸籍謄本だった。
いや、俺のというのは語弊がある。正確には、俺のために用意された戸籍というやつだ。「折原臨也」ではなく、その戸籍では俺はどうやら「竜ヶ峰臨也」になるらしいけれど。
「なんですか、不満ですか?最初に戸籍をなくしてどうしろと、って嘆いたのを忘れたとでも?」
「違うけど!違うけど、だって、竜ヶ峰って!」
「それは僕にとっても苦肉の策なんですよねえ。まあ、いざとなったらいつでもそんなの、どうとでも操作できるから大丈夫ですよ」
僕たち髪色とか似てるからまあ、大丈夫でしょ。そう軽く言う帝人君の真意は、やっぱり読めない。俺はもう一度その戸籍を見て、俺はどうやら帝人君の実の兄という設定になるらしいことを確認した。そりゃ、父親とか言われたら本気で抗議するけれど、兄ならば文句のつけようもない。
だけど、でも。
「・・・ペットから身内にレベルアップって、どういう進化なのこれ・・・!」
「ペットのままじゃ都合が悪いから人間に戻ってもらっただけなんですけど、ペットの方がいいって言うなら戻しましょうか?」
「人間がいいです竜ヶ峰臨也になりますお願いします」
せっかく扱いが人間になるというのだからそれを拒否する理由はない。むしろ大歓迎。っていうか、でも、こんな短時間で簡単にこんなことができるなら、最初からそうしてくれればよかったのに。
「なんでこれを最初にやってくれなかったのかなあ帝人君は・・・!」
戸籍謄本を折りたたんで言った俺に、帝人君はうんざりとしたような顔で息を吐き、そのあと偽造した運転免許や健康保険証なんかを俺に向かって放り投げた。こめかみにあたった。だから地味に痛いってば。
「だって貴方、僕のこと好きでしょう。っていうか、ぶっちゃけキスしたいとか抱きたいとか、そういうこと思ってるでしょ?」
「当然じゃない」
「そこで胸張らないでくれます?」
それこそ今さらのようなことを聞いて、帝人君は大きくため息をつく。
「正直、人間扱いしてたら襲われそうで怖いなと」
「・・・待って、帝人君の中で俺ってどんなキャラなわけ・・・?」
そんなほいほい襲わないよ!人並みに嫌われるのは怖いよ!俺は主張するけれど、帝人君は非常に胡散臭そうな顔で俺を一瞥した。
「どうって・・・本能に忠実そうっていうか」
「いや、でもさあ、さすがの俺だって無理強いはしないよ!多分」
「その多分が信用ならないんですよ」
だって現にほら、と帝人君は俺の唇に指先を置いて、ゆっくりとなぞる。
背筋がぞわぞわするようなその感触に、俺はどうしたものかと迷った末、本能に忠実にその指先をぺろりと舐めた。とたん、ほらね、と帝人君が勝ち誇ったように言う。
「こういうところですよ、信用ならないところってのは」
「舐めただけでしょ」
「自分がどんな顔してるか理解してます?」
「多分すごく、帝人君にキスしたい顔してるよ」
言い切った俺に、自覚は在るんですねと帝人君は息を吐いた。なんかさっきから、呆れたような顔ばっかりさせてしまっている。っていうか、だってこれは不可抗力だろう。目の前に餌をぶら下げられたら動物ならだれだって齧りつくものだ。そして人間だって動物の一種類である。
「まあ、この別荘も、次に移る予定のところも、二部屋あるからいいものの」
「ええ!?俺の夜の極楽タイム終了のお知らせ!?」
「だから、一緒の布団でなんか寝たら襲われそうで怖いって話をしてたんじゃないですか、理解してくださいよ」
そりゃあ俺だって、よく今まで我慢できたなあと思うけど、思うけどさ!
「・・・帝人君、冷たい」
そうはっきり言われたら、すねたくもなる。
そんな俺の顔を見て帝人君は、ああもう全く、と呟いてよしよしと頭を撫でた。ペット扱いはやめるというからには、こういうのは帝人君の癖なのかもしれない。
ってことは、あの青葉とか言う生意気なガキにもこういう事をしていたんだろうか。ちょっとしたことですぐ頭を撫でて、いい子と言っていたのだろうか。それを考えると、なんかあまりにも・・・。
「・・・苛々する」
「なんですか、急に」
「帝人君はさ!その気になれば俺を殺せるくらいの腕があるんだから、俺に襲われることなんか恐れちゃ駄目だと思う!」
「・・・それで自己を正当化しないでください。どう考えても広い家に移ったら同じ布団で寝るのは無理です。大体あの部屋でそうしたのは、布団が一組しかなかったし、あの狭さで二つも布団を敷いたら場所が全然なくなるからです」
帝人君の言うことはもっともだ。もっともではあるが、それだと困るのだ。何しろあの小生意気なガキが言うように、帝人君にとっての俺がどれほどの存在なのか全くわからないのが現状で、そして多分彼はやっぱり、俺などいつでも投げ捨ててしまえるんじゃないかと思う。
人というのは、触れ合えば触れ合うほど情がわく生き物なのだ。だから俺は、少しでも帝人君に触れて、少しでも帝人君を俺になびかせようと、これでも必死だ。そう、ありえないくらい、笑っちゃうくらい必死なのに。
作品名:Days / after my life 作家名:夏野