Days / after my life
殺し屋の名門・竜ヶ峰。ネット上でも、相当深いところまで行かなければ聞けない名前だ。その仕事は洗礼されていて堅実、だけれども依頼を受ける基準はとてつもなく気まぐれという、都市伝説のような殺し屋。
気分が乗っていれば、チョコレート一つでだって依頼を受けるが、気分が乗らないものは何千万詰まれても決して受けないという。
「帝人君ね。そういえば帝人君、汚いものが好きだから俺を助けたって酷くない?俺、顔には自信あるのにさあ」
結構ショックだよと本音を混ぜて嘆いて見せれば、そうですね、とまたしても大真面目に頷かれた。
「顔だけは綺麗ですよね。だからこそ中身が残念過ぎて、そういうところがいいと思います」
「・・・あれ、今俺褒められた?なんかとてつもなくけなされたような気もするけど」
帝人君はきょとんと首をかしげて、心底不思議そうに瞬きをした。
「褒めましたよ、実に僕好みの薄汚さだと」
「うわあどうしよう、けなしてるようにしか聞こえないのに、全然悪い気がしないってどういうこと」
「へえ、相思相愛ですね。あ、自分で言ってかなり気持悪いです」
テンポのいい切り返しは容赦がない。うっかりすれば殺気さえも感じられそうなその表情に、それでも俺は頬を緩めた。この只者ではない少年に、並々ならぬ興味が溢れてたまらない。
「そう、その目」
そんな俺を指差して、帝人君はゆったりとほほ笑んで見せた。余裕綽々の笑顔だ。
「あなた、死ぬ前もそんな顔したんですよ、自覚ありました?」
「そんな顔?」
それってどんな顔?
だって自分の顔なんか、鏡がなきゃ見えないでしょう。
期待を込めて見つめた先で、帝人君は指先で俺の額をつつく。あくまで軽く、揶揄するように。
「恋でもしてるような顔」
それからすうっと目を細めて、額をつついた指先が俺の唇を同じようにつつく。
「あなた僕に惚れたでしょう」
不遜な、声で。
偉そうな、顔で。
そんなことを言う。自信満々に、当たり前のことを言うように。
俺は言葉を失って、その淡く輝くような青い青い瞳を見返した。すべての深淵を見透かすようなその瞳の色が、窓からの光に照らされてその表情を変える様子を。
惚れたか、だって?
笑うしかない。だってそんなの。
「・・・その手にかかって死ぬんなら、悪くないって思ったよ」
つまり、そういうことだろう?
ところでこの指先は、挑発でもしているのかね?
唇の上に置かれた体温をぺろりとなめたら、悲鳴でも上げてくれるかと期待したけれど、そんな行動も予想内だと言うように帝人君は息を吐く。
「ほんと、猫みたい」
言われた言葉はなんとも不本意だけれど、どうやらそんな風に言われることも悪くないと俺は思っているらしい。何しろ、惚れているのは事実なもので。
あの夜。
見上げた夜空には大きく月が口を開けていて。
照らし出された帝人君の顔は静かに凪いでいて。俺を見下ろすその表情には、一点の曇りもなくて。
美しかった。それはただ純粋な殺意だけで出来上がった人間のようで。
ただただ、美しかったから。
「ねえ帝人君、俺、ここにいていいの?」
確かめるように尋ねれば、何をいまさらと、帝人君は無造作に頷いた。そうでなかったらその重い図体を引きずって、家まで連れてきたりはしませんよ、と言う。
そりゃもっともだと思って、改めて家をぐるりと見回してみたけれど、やっぱりここはぼろぼろのアパートで、築何年だよと突っ込みたくなるような廃れた雰囲気の、安っぽい部屋で。
「・・・殺し屋ってさあ、怨まれたり奇襲されたり、しないの?」
セキュリティとは縁のなさそうなその作りに、半分以上感心してつぶやけば、帝人君は大いに笑ってみせた。
「ドラマや映画じゃあるまいし、いまどきその発想はナンセンスじゃありません?」
「でもここ、あんまりにもさあ」
彼が金を持っていないと言うことはあり得ないと思う。竜ヶ峰に依頼をするためになら、いくら積んでも構わないと言う客が、ネット上には溢れている。
正体を知られないためにこんな貧乏たらしい部屋に住んで、普通の学生のように過ごしていると言うのだろうか。
疑問に首を傾げれば、帝人君はだって僕は今ただの学生ですから、と答える。
「来良学園に通う、ただの高校生ですよ僕は。ちなみに名前は田中太郎です」
「・・・逆に嘘臭くて素敵だよねその名前」
竜ヶ峰のほうが本名で、田中太郎は偽名と言うことだろう。というか、偽名をつけるならもう少しありそうな名前にすればいいのに。なんでよりによって田中太郎。平凡過ぎて逆に目立つじゃないか。
「いいんです、名前なんて凝っても無駄ですから」
俺の疑問を見透かすように、帝人君は笑う。
「どうせすぐ捨てる名前ですから、適当でいいでしょう」
「・・・伊達にプロじゃないってこと?」
「そういうことです」
ほんの少しでもその正体がばれる気配があれば、すぐさま現状を捨てるということだ。どこにでもいそうなその平凡な高校生の外観は、人ごみに埋没するための便利な道具になるだろう。だから家にもこだわらないのか。それなら納得だ。
つまりこのボロアパートなら、捨てて逃げるのにためらいがないということか。
「疑問はもういいですか、臨也さん?」
黙り込んだ俺に、帝人君は問いかける。
「終わったんなら、昼食を作りたいんですけど」
俺の質問に付き合ってくれていたらしい帝人君が時計を指差す。時刻は午後一時をとっくに回っていて、そう言えばおなかがすいたなと今更のように思った。
腹が減っては戦はできぬ。
本当に、先人たちは上手いことを言うものだ。
「・・・俺が作ってあげようか?」
一応命の恩人だしね。いや、その前に俺を殺したのも彼だけど。まあそれは問題じゃない。大事なのは今この時、俺は彼のペットだということだ。
帝人君は目を見開いて俺を見つめ、それから初めて、余裕ぶった大人びた笑顔ではなく、年相応の無邪気な笑顔を俺に向けた。
あ、いい顔。
好みだ。
そんなことを思った俺に向けて、
「料理、できるんですか」
と、確認の口調で言い、嬉しそうに両手を合わせる。
「あなたを拾って正解でした!」
どうやら俺の価値は、家事方面の能力に大きく左右されそうだ。
・・・まあ、それもまた一興かと、苦笑と一緒に精一杯のイヤミも忘れない。
「ペットなのに家事もできるなんて、偉いでしょ、褒めればいいよ?」
そんな可愛くない言葉だって、満面の笑みで「偉い子」と頭を撫でられたら、イヤミの意味もないんだけどね。
まいったなあ、と俺は息をつく。
撫でられるのが嬉しいなんて、俺は本当に一回死んで生き返ったんだろうか。全くどうしようもなく滑稽で、それでいて心地いい。
ああほんと。
参ったなあ、どこまでも歪んでいる。
恋をしてしまった。俺を殺した少年に。
作品名:Days / after my life 作家名:夏野