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Days / after my life

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帝人君が何を、どんなふうに考えながら俺に手を差し伸べたのか。それはもはや興味と言うよりは、切望に近いものかもしれなかった。
「・・・何を思って、と言われましてもねえ」
帝人君は目を瞬かせて、小さく首をかしげた。人間の全てを博愛でもって愛する折原臨也はあの日に死んで、今ここでこの少年の答えを待っている男は別の生き物になり下がってしまったのだと、脈打つ鼓動の早さに思い知る。
今の俺にとって、目の前のこの少年こそが世界だった。
「俺はさあ、結構裏のことにも通じてるつもりだった。その道の人間は匂いと気配で大体わかったよ。でも君は違うんだ。君は、裏稼業の人間のにおいなんか欠片もしない。君は、どこからどうみても普通の高校生で平凡な少年の顔をして、それなのにあっさりと人を殺してみせる。それってどういうことなの?帝人君は、自分ではどっちのつもりでいるの?」
「どっちって、殺し屋か普通の少年か、そのどっちか選ばなきゃいけないんですか?」
即座に切り返された言葉に、今度は俺が言葉を飲み込んだ。
いやだって、普通に無理だろう。
普通の少年であることと人を殺すことが生業であることが、イコールで均等に結ばれるわけがない。どこかにねじれが生じて、普通の人間ならばどちらかに比重が傾くのが当たり前だ。
そして帝人君の場合は、偽名を使って学校に行き、いつでも今の状況を捨てられるように生きているのだから、普通に考えて彼の意識は「殺し屋」のほうに傾いていなければおかしい。
おかしいのに。
「・・・少なくとも俺は、どんなに普通を装ったって人殺しなら空気で分かるものだと思ってたよ」
すねるような口調で言ったら、帝人君は小さく笑った。
「そうでしょうか?僕はそれが同列にできないのは未熟だからだと思います」
「違うでしょ。玄人になるほどごまかせない空気が滲むものじゃないの」
「そう言う人もいるでしょうけど・・・それがすべてだなんて、どうして臨也さんに分かるっていうんです?ましてあなたは、僕をこんなに間近で見てるって言うのに」
見えるものさえ信じないんですか?
言われて見れば、確かにそうだ。現に帝人君と言う少年のことを「普通」と認める俺こそが、彼が殺し屋であると良く知っている。
「君がレアケースで例外だってことなら、認めざるを得ないけど」
「さあ、そういうのは僕本人にはよくわかりませんけど」
帝人君は興味が失せたように大あくびをして、もう一度身動きをする。寝やすい体制を探しているようだ。
「僕が何を思って人を殺すかって、そんなの知ってどうするんです?」
「・・・どうするってこともないけど、ただ、帝人君のことを知りたいなと思って」
あとは好奇心を満たすために、と正直に答えたら、帝人君は呆れたように息を吐いた。
「臨也さんってあれですよね、好奇心猫を殺す、そのものっていうか」
「ああ、そう言えば俺は黒猫の設定なんだっけ?まあどうでもいいんだけど」
「その好奇心ごと殺すみたいで悪いんですけど、期待にこたえるようなことは何も考えていませんよ」
こてん、と鎖骨の辺りに帝人君のおでこが当たって、そこで場所に満足したのか、身動きが止まった。完全に寝る態勢に入りながら、それでも律義に質問には答えようとしてくれるあたりが、帝人君の好ましいところの一つだ。


「臨也さんは、何を思って息をします?」


問い返された内容には、二つの意味を取れる。
何を思って生きているのか、と言う風にも、文字通りの呼吸の意味にも。どちらだろうかと考えて返事が遅れると、その沈黙をどう取ったのか、帝人君はやっぱり笑ったようだった。
「ほらね、明確な答えなんか、ないでしょう?」
それと同じです、と少し高い声が言う。
俺はいまいち意味を掴めなくて、瞬きをする。
「生物が生きる上で、呼吸を意識することってめったにないんじゃないかな。そういうことですよ臨也さん。僕にとっては意識する必要のないことなんです」
「・・・人を殺すのが?それとも普通を装うのが?」
「両方」
だんだんと面倒そうな口調になりながら、帝人はそれでも問いかければ答える。
呼吸のように人を殺すって、それはそれでなんて物騒なんだろうかと思いながら、俺はもう一度重ねて問いかけた。


「俺を殺した時どう思った?」


多分、それが一番聞きたかったことなのだろう。
自分で聞いておいてなんだが、本当に笑える。結局俺は、帝人君の特別になりたいだけで、そばに置いてくれているこの状況を特別だと思いたいだけなのだ。そしてその根拠になりえる質言を、執拗に取りたがっている。
何も感じずに人を殺せるというこの少年から、あなたを殺したくなかったとか、愛しいと思ったとか、そういうくだらない感情論を聞きたがっている。そんなことを言う相手だとはとても思えなかったけれど。
「・・・そうですねえ」
帝人君は俺のそんな、必死な感情を知っているのだろう。思案するように言葉を濁して、ちらりと顔を上げた。
目が合う。
夜の似合うその瞳は、酷く美しかった。
次の言葉が聞きたいようで、怖いようでもある。特別だと言ってほしい。嘘でもいいから。
・・・嘘じゃ嫌だけど。
「まあ、針で刺した時は何も思ってませんでしたけど」
眠たげな声が言って、もう一度欠伸の気配。
それからゆるゆると、少年らしいその手が俺の頭をなでる。
「賭けをしていたんです、自分と」
言われた言葉の意味はやっぱりわからないから、賭け?と根気強く問い返す。
帝人君は俺の顔を見て何を思ったのか、頭をなでていた手のひらを背中にまわして、ぎゅっと安心させるかのように抱きしめて見せた。
ああもう。
そんなことされるとますます、質言が欲しくなるじゃないか。
「生き返ったら連れて帰る、生き返らなかったら捨てていくっていう賭けですよ」
無造作に言う帝人君の声は普段と変わらず、やっぱり何の表情も読み取れなくて、それでも俺は。


「僕が勝ったから、あなたは今ここにいます。満足ですか?」


自力で生き返って得をしたのは俺なんだから、それって俺の勝ちなんじゃないの?そう言おうとしてやめた。
帝人君が勝って俺がここにいると、ほかならぬ帝人君が言うのだから、俺がここにいることが帝人君にとっても得なのだろうと信じたかった。
「・・・人間って欲張りな生き物だよね」
呟いて、抱きしめてくれている帝人君の華奢な体を、同じだけの力で抱きしめ返す。



一つ特別をもらったばかりなのに、またすぐそれ以上が欲しくなる。
一番問いかけたいことは他にあるのに、帝人君の答えを聞くのは、まだ怖い。

作品名:Days / after my life 作家名:夏野