Days / after my life
走った日
真新しいファミリーワゴンが、とてもそのタイプの車にはできないような機敏な動きで、細い路地を折れる。
「次を右!」
「ったく、運転なんて久々なんだから、無茶させないでよ!」
俺は小さく舌打ちをして、ハンドルを持つ手に神経を集中させた。少し舵取りを誤れば、そのまま地獄へまっさかさまだ。
人気のない道を所望されて、ようやっと工場地帯に出たところで、帝人君は意気揚々と自動車の天板を押し上げた。どう見てもファミリーワゴンなのに、一体どれほどの改造を施してあるのだか、最早想像もつかない。
素早く帝人君が後続車に向けて頬り投げたのは、煙幕弾のようだ。煙に包まれた黒塗りの車がくるりと回るのを見て、帝人君は小さく息を吐く。
「そのまま横転でもすればいいのに、しつこいなあもう」
「銃とかないの!?」
「あるけど使いたくないんですよ、警察が張り切るから」
助手席の背もたれを倒し、後ろのシートに座っていた帝人君が手を伸ばしてその座席横のスイッチを押す。
パカッと宝箱のように開いたそこに、ぎっしりと銃器が詰め込んであった。さすが殺し屋。っていうか、こんなのあるなら最初から使えば良いのに。そう思った俺の思考を読んだかのように、帝人君はその中の一つを手に取り、ライフルのようなものを手早く組み立てながら、イライラしたように言う。
「こういうの、使えば楽なんですけど弊害があるんですよ。警察は無駄に張り切るし、そうすると地元の暴力団たちに迷惑がかかって敵に回すし、何より仕事が美しくない」
全く不本意です、という顔をしながらもう一度後ろの車を振り返る帝人君に、俺は運転に集中しながらも叫んだ。
「薄汚いのが好きなんじゃなかったの!?」
俺の言葉に、ようやく少し笑って、帝人君はぽっかりとあいた車の天井に手をかけた。
「人間と仕事は別です。職人にはこだわりがあるものですよ」
そうして一瞬で顔を出し、ほとんど狙いをつける様子もないのに、無造作に引き金を引く。タンタン、と思っていたよりずいぶん軽い音がかすかに耳に届いたが、それだけだった。
俺はと言えば、最初から帝人君に指示された通りの道を左に折れながら、死体の職人かよ、とちょっと頬をひきつらせてみたりして。人間は汚いのが好きなのに、殺すのは美しい方がいいなんて、本当にシュールなことを言うよな。
背後からものすごいクラッシュ音が聞こえてきたと同時に、帝人君が天板を閉めて再び後部座席に座った。すばやくライフルみたいなものをその後部座席の下にしまいこむ。
「やった?」
「音で察してください。そしてそこの突き当たりの大通りに出て、左です」
「ねえ、この車は平気なの?撃たれたりとか」
「なんのために車を改造なんかするんですか、強化のためですよ!」
さて、なんでこんなことになっているのか、といえば。
それはすべて、シズちゃんを殺すと言って出ていった帝人君が帰ってきたときからはじまった。
「僕は逃げますけど、臨也さんどうします?」
何を言われるのかと思ったらそんなことだ。
帝人君がシズちゃんを殺しに行った日、俺は何時になく落ち着かない気持で、ただひたすらに時計を睨みつけていた。帝人君が負けるとは思わない。決して思わないが、それでも万が一と言うことがある。世間は決して一筋縄ではいかないものだ。
そう、例えば俺が死んだみたいに。
俺がそんな風に本気で帝人君の身を案じていたというのに、彼は音もなく部屋にもどってきて、挙句冒頭の台詞を、何の脈絡もなく投げかけた。
流石の俺でも若干、面食らう。
「・・・ごめん先に聞いてもいい?シズちゃん殺せた?」
「多分、殺せないことはなかったと思うんですけど。興味が失せちゃったので帰ってきました」
「・・・え?どういうこと?」
本気で意味が分からない。が、とりあえず帝人君に怪我はないようだ。それだけは良かった。
「だってあの人、綺麗なんですもん」
どこか拗ねたようにそう言って、帝人君はばさばさと荷物をまとめはじめた。スポーツバッグに服を詰め込み、パソコンの外付けハードディスクを投げ入れ、財布と通帳と印鑑を滑り込ませる。俺もつられるようにして自分の荷物をまとめたが、もとより拾われた身分なのでせいぜい服が数枚くらいしか持ち物はなかった。そのへんにあった帝人君のデニム生地の手提げ袋に勝手に詰め込んで、帝人君の準備が終わるのを待つ。
「シズちゃんが綺麗って、どうなのそれ」
とりあえずツッコミを入れれば、帝人君は手を動かしながらだって、と。
「何度も言わせないでくださいよ、僕は薄汚い人が好きなんです」
そして俺を見て、小さく息を吐く。
「あなたの天敵だなんていうから、どれほど歪んで汚いのだろうと、期待したじゃないですか。あんなまっすぐな目をする人は好みじゃないのに」
「・・・え、それ俺のせいじゃないでしょ?」
「あなたのせいですよ」
確実に!と帝人君は言い切って、スポーツバッグをしめた。断じて、断じて俺のせいではない。絶対に。
けれどもそんな俺の抗議の視線など綺麗に無視して、帝人君はちらりと横目で俺を見た。
「ついてくるんですか?」
確認するように尋ねる声は、静かに落ち着いている。
まさかそんなことを尋ねられるとは思ってなかった俺は、なんでそんなことを聞かれるのかよくわからず首をかしげる。
「え。だって帝人君どこかに行くんでしょ」
「逃げます。まさかの依頼ドタキャンですから」
シズちゃんを殺せなかったから依頼を蹴ったということなのか。それなら納得だ。
「じゃあ俺も行くよ。当然じゃない、だって俺、帝人君のペットでしょ」
何を今更言わせるんだと思いながら答えれば、帝人君は軽く目を見開いてからふうん、と何やら頷く。
「一応言っておきますけど割りと危険ですよ」
「逃げるって言うからにはそうかなーっては思ってたよ」
殺し屋が依頼をドタキャンしてそのままでいられるとは、俺も思わない。っていうか昨日あれだけとめた俺に、信用問題だからキャンセルはできないときっぱり言ったくせに、興味が失せたらドタキャンするとかどうなの。
帝人君超わがまま。
「臨也さんって、運転できますっけ?」
「できるよ、なんでも」
「よかった。じゃあ行きましょうか」
帝人君が無造作に開け放ったドアから出て行くのを追いながら、俺はなんとなく思った。多分、数年は東京にもどって来れないんだろうなあとか、そういうことを。それでも帝人君がいるならば、別に悔いはない。
全く、人が好きで人間観察が好きだった折原臨也は、本当に真実死んだらしい。死ぬ前までなら、人間の余りいない土地に行くことなんて考えたくもなかったんだけどなあ。
足音を立てない帝人君の歩調に合わせて歩きながら、小さく笑った。
「臨也さん、急いで。多分追っ手が来ます」
そして、連れて行かれたのは居住していたアパートから程近い古い倉庫だった。会社が倒産した後を買取ったと帝人君は言っていたけれど、手入れは全くしていないようで、あちこちボロボロだ。
これくらいの施設を買い取るくらいは、帝人君の財産を持ってすれば軽いことなのだろう。さっき鞄に放り投げていた通帳も、一つや二つではないようだったし。
「これなんですけど」
作品名:Days / after my life 作家名:夏野