冷たい手
特に、料理が得意みたいで、お弁当まで作ってくれた時には、感激した。
一人暮らしの身には、朝起きると、ご飯とお弁当が出来てるってのは、非常にありがたい。
・・・んだけど。食べてる間、僕を怖い顔で睨むのは、何故なんだろう。
「何?」と聞くと、「何でもありません」と言って、目を逸らすけど。
すぐに、またじーっと、こちらを見ている。
特に、目が本気すぎて怖い。
何か、気に障るようなこと、したかな。
・・・「アイス事件」のせいかな。
一番ショックだったのは、カイトがアイス好きではなかったこと。
カイトに喜んで欲しくて、スーパーで袋2つ分のアイスを買いこんできたら、すっごく微妙な顔をされた。
無言で、アイスを冷凍庫に放り込んだ後、
「・・・そんなに、アイスが好きなんですか?」
と、聞かれた。
「カイトといえば、アイスでしょ?」と本気で驚いたら、やっぱり微妙な顔をされ。
嫌いではないけれど、「あれば食べる程度」と言われた。
にわかには信じられなくて、「カイトは、アイスの王子様なのにー!」と散々騒いだら、渋々一個食べていたっけ。
きっと、そのせいだな。うん。
仕事を定時で終え、僕は、自宅の最寄り駅に降りる。
きょろきょろと、周囲の人波に目を向けてみるけれど、目当ての顔は見当たらなかった。
・・・やっぱ、写真とか見てないと、無理かな。
カイトから、「マスター」の特徴を聞いたので、もしかして、似た人はいないかと探すのが、習慣になっている。
ここは、駅間が大分離れているので、カイトが徒歩で移動したことを考えると、多分、彼のマスターも、この駅が最寄りのはず。
つい、次の電車に乗っているかも、と駅に長居してしまい、帰りが遅くなることも、度々だ。
そのせいで、カイトには、今日「も」遅くなるのかと、聞かれてしまう。
夕飯を食べずに待ってくれていることを考えたら、さっさと帰った方がいいのは、分かってる。
ちゃんと説明しない僕が、悪いんだよね。
でも、余計な期待を抱かせて、がっかりさせるのは可哀そうだし。
毎日空振りなのだから、かえって、言わないほうが、いいのかもしれない。
どんなに目を凝らしても、それらしい人物は見当たらず。
・・・帰ろ。
今日は遅くならないって、カイトにも言ってあるし。
それに、今日は、お土産もあるから。
僕は、何度も駅を振り返りながら、家路についた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
僕が玄関を開けると、律儀にカイトが出迎えてくれる。
靴を脱ぐより早く、カイトが手を伸ばして、僕から鞄と紙袋をひったくった。
「あ・・・ありがと」
いや・・・加減が分からないだけだよね。多分。
カイトは、無言で寝室に行ってしまう。
僕も、慌てて後を追った。
「あ、あのさ、カイト。ご飯食べ」
「風呂、沸いてますから。先にどうぞ」
「・・・はい」
取りつく島もない・・・。
カイトは、僕から上着とネクタイを受け取ると、着替えを渡してくる。
僕は、それを受け取ると、大人しく浴室に向かった。
カイトの為に、楽譜を買ってきたんだけどなあ。
カイトはVOCALOIDだし、アイス以外の好きなものが、歌しか思いつかない。
歌の練習を嫌がってる様子はないので、これなら喜んでもらえるだろうと思ったのだけれど。
た、タイミングが、つかめないんだよねえ。どうにも。
夕飯の後でいいかなあと考えながら、浴室のドアを開けた。
お風呂から上がると、見計らったように、夕飯が出てくる。
今日の夕飯は、ロールキャベツ。二人分の食事が並んでいる光景は、何度見ても、心がほっこりした。
「どうかしましたか?」
カイトの声に、我にかえって、
「え?あ、美味しそうだなって思って。子供の頃、よく作ってもらったんだ」
「そうですか」
四人分の料理が並んでいた頃のことが、ふっと脳裏によみがえる。
にぎやかで、あったかい食卓。
それが、いきなり、一人きりになって。
ひょんなことから、二人分になった。
この光景が、期間限定なのが、少し、寂しい。
「どうぞ」
「ありがとー。いただきまーす」
白いご飯とお味噌汁が出てくるあたり、日本の食卓という気がする。
お味噌汁を飲んでいると、お椀越しに、こちらを睨んでいるカイトと、目が合った。
・・・だから、怖いって。
目が本気すぎて怖い。
何に本気なのか分からないのが、余計怖い。
「あのー・・・どうかした?」
「いえ、何でもありません」
ふいっと視線を逸らされる。
うー・・・。
「僕、何か気に障るようなこと、したかな?」
「いえ、何も」
そう言うと、カイトも食べ始めた。
これは、あれかな。
「分かってないのが、余計に腹が立つ」ってことかな。
でも、でも、ちゃんと言ってくれないと、分からない・・・んだけど・・・。
僕がロールキャベツに箸を伸ばすと、カイトの手が止まる。
み、見られてる。緊張する。
た、食べちゃいけないとか・・・そういうことじゃ・・・ないよね?
い、いいんだよね・・・夕飯なんだし・・・。
手が震えないように気をつけながら、ロールキャベツを小さく切って、ぱくっと口に入れた。
もぐもぐもぐ。
あ・・・これ。お母さんの味だ。
子供の頃の、懐かしい記憶が蘇る。
おかずを取り合って、よくケンカしては、叱られたっけ。
他愛もない思い出だけれど。
もう、ケンカすることも、怒られることも、ないんだよね・・・。
しんみりしていると、不意に視線を感じた。
・・・目が怖いよ、カイト。
場の空気を和ませようと、僕は笑顔を浮かべて、
「うん、美味しい。料理の腕上がったね、カイト」
「そうですか。ありがとうございます」
感情のこもらない声が、返ってくる。
これは、あれかな。社交辞令だと思われたかな。
「本当に美味しいよー。お母さんが作ってくれたのと同じくらい、美味しい。というより、お母さんの味と、おんなじ」
「・・・・・・・・・・・」
あれ?怒った・・・かな?
ほ、褒めたんだけど・・・な。
「カイト・・・あの、気に障った・・・かな?」
「え?ああ、とんでもない。嬉しいです」
いや、嬉しいって顔じゃなかったよね?
「うん、あの、ほんとに美味しい、です」
「ありがとうございます」
・・・なんて弾まない会話なんだろう・・・。
「カイト、歌の練習しようか」
「はい」
僕が、キーボードを引っ張り出してくると、カイトは律儀に横に立つ。
練習の時は、ずっと立ってるけど。疲れないんだろうか。
僕は、カイトを見上げて、
「立ってる方が、歌いやすいの?」
「はい」
有無を言わさぬ口調に、思わず黙り込んだ。
うん、まあ、だから、立ってるんだよね。
「何か?」
「あ、ううん。何でもない。あ、そうだ。今日は、お土産があるんだよー」
隠しておいた紙袋を取り出すと、カイトに渡す。
「開けてみて。僕から、カイトにプレゼント」
中を見たら、カイトはどんな顔をするだろう?
だけど、カイトは、紙袋を持ったまま、
「何故ですか?」
え?
予想外の反応に、戸惑っていると、